今月のダンサー:08年1月 前田新奈さん

(C)塚田洋一

 前田新奈は将来が嘱望されている踊り手の一人だ。表現者としての実力もある一方で、周囲の作家たちと旺盛な創作活動を展開しだし、昨年も自作を発表したり、日本舞踊の創作作品で踊ったり、そして未國で活動するなどエネルギッシュに活動している。昨年、谷桃子バレエ団を退団したニュースはバレエ・ファンを驚かせ、その動向にも注目が集まっている。その一方で日本舞踊の舞台でも踊るなど意外な横顔も持っている。一般的なコンテンポラリー・ダンスのファンは島田衣子ではないが作家のバレエとコンテンポラリー・ダンスの接点というコンテクストに関心を持っているが、未國の作品や日本舞踊の藤陰流の創作作品で踊る作家でもある。この芸術家は芸能にも高い関心を持ち現代社会と伝統の接点にもグローバルに関心を寄せている横顔を持っているといえるのだ。
 今年は日本舞踊の創作でこれまでいろいろな作家が挑戦している折口信夫の「死者の書」に挑戦するようだ。その一方で、クロカミ★バレエに期待をする関係者の声もある。年明け早々はH.ART CHAOSの作品で踊りそのステージにはコンテンポラリー・ダンスのファンの期待も高まっている。動向や一連の活動について質問をしてみたところ、ハードなスケジュールの合間を縫うようにお返事頂いた。ここに深く感謝したい。


Q1:新国立劇場バレエ団、谷バレエ団とこれまで活躍されてきましたが、バレエ団について思い出深く思っていることがあればお話頂けると嬉しいです。


 谷バレエ団に入りたての頃は、どう舞台に立って良いのかわからず苦しみました。もちろん、先生方からある程度の指導は受けますが、わりと早い時点に、ダンサーに委ねられます。   先輩の踊りを盗んだり、一人でスタジオに籠ったり、ビデオを何度も巻き戻しては、、、、兎に角、「プロの世界とは自分で切り開くものなんだ」と、感じました。

 そして、新国立に入団・・・谷バレエ団とは真逆で驚きました。一から十までの細かい指導と生活の管理、舞台では仕草や表情まで制限されました。多くの国の様々な作品を初演することが多かったので、それぞれのスタイルを習得しなければならず、それを短期間で舞台に乗せるのですからそれは必然だったんだと思います。そうした濃密な指導を受けた事で、常に成果を実感出来たし、学ぶ事も多かった。一方では、自分らしさを失ってしまうのが嫌で、「周りとは違う何か」を欲しさとられない様に独自の踊り方を模索し、ちょっぴり体制に反逆してました。ちょうどその頃からでしょうか、ジャイロに通ったり、ピラティスのインストラクターの資格を取ったり、、アンダーグランドな舞台も結構見ましたね、暇さえ有ればバレエ界以外の友達とふらふらしてました。そのせいか、精神面に対しての興味も強くなり、怪しい本を買い集め、瞑想に耽っていました(笑)。

新国立劇場バレエ団:http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/index.html
谷桃子バレエ団:http://www.tanimomoko-ballet.com/ 


Q2:ダンス・バレエとの出会いはどんなだったのでしょうか?


 きっかけは、、、小学校の体育の時間に柔軟体操をしていて、人より身体が固いことに気がついたんです。柔らかい友人を見て、なぜか非常にうらやましく思い、まずモダンバレエを始め、古典バレエへと移りました。でも、実際に見た事はなかった。バレエが華やかなものだとは知らなかったのです(笑)。


Q3:コンテンポラリーダンスとの出会いはいかがでしたか?


 谷バレエ団に入団するまで師事していた先生は、堀本卓矢先生という文化庁芸術祭賞の受賞歴も持つ振付家でした。発表会・公演でも堀本先生の作る創作バレエの方に馴染んでいたこともあり、現代的なダンスにも自然に興味を覚えました。
   
 バレエをやっていて納得出来なかった事、例えば、オーバーで芝居じみた表現や内的衝動をダイレクトに観客に伝えられない多くの制約・・・コンテンポラリーダンスには、多くの新しい感覚の発見が許されていました。私が求めていたダンスとは様式ではなく魂から湧き出る生命だと気付いたんです。


Q4:07年6月には創作作品を発表されましたが、創作についてはどのようにお考えですか?これからどんな作品をつくり、活動を展開していきたいですか?


 06年及び07年、谷バレエ団主催の「クリエイティブパフォーマンス」で二年続けて作品を発表しました。経済的にも自主公演以外の創作発表の場があったことは本当に幸運だったと思います。
   
 ダンサーとして、パフォーマーとして、自分の可能性を広げて行くには、自分とじっくり向き合って自身の作品を創るということが必要不可欠だと感じていました。 常に心を開き、外界を感じ、自分に問いかけ、不安と戦っていかなければならない。この自分の始源を探る作業が、作品として結実したら、新たな宇宙と出会えるのではないか・・・
   そう信じているのです。

 自分にとって創作の基盤は【未國】です。未國が探求しているテーマは「プリミティブ」。様式を長く学んで来た自分がこのテーマと向き合うのは簡単な事ではありません。しかし、「型」に縛れていたのでは、遺物のような代物になってしまい楽しくないんです。厳しいけれども、過去の自己を否定し破壊すれば自ずと魂が喜ぶ。自分が携わる作品で観客の観念をも壊せる様にもっともっと励んでいきます。 

未國:http://www.mi-kuni.com/


Q5:この作品ではキャストに緒方麻衣さんを迎え、音楽に前川十之朗さんをいれるなど、現在への足跡につながるような内容が多かったように思います。今では谷バレエ団を退団し、未國での活動をされているようですがいかがですか?


 07年の「白鳥」は、“この作品を普遍的なものにする”という思いで創っていたので、自分の周りにある才能を最大限に利用しました。それぞれの才能が混ざり合えば、この作品はよりイメージに近づくはずだと・・・
 谷バレエ団を退団したのは8月ですが、良い時期だと思ったからです。いま、自分がやるべきこと、やらずにはいられないことがはっきりとあったのです。
 その想いが未國の活動に通じています。未國はスタッフも充実していますし、出演者には高い技術をもった個性的な人が多く、そこで仕事ができるという事はとてもやりがいがあります。未國の一員として、早く海外でも活躍したいですね。


Q6:Blogで拝見したのですが、邦舞の舞台にもゲストで出演しているようですね。伝統芸能の世界はいかがでしたか?(http://blog.goo.ne.jp/mikuni_girls/e/00102dc6ab7f3367e8efe2daf67ebfff


 日舞は数年前、“藤蔭流”に入門しました。日本人のダンサーなのだから、「日舞は当然踊れます!」と言いたいでしょ?でも甘くはないですね、習得するには相当時間がかかりそうです・・・(笑)


Q7:バレエ界の次世代についてどんなことを期待しますか?またどのようになっているかと思いますか?


 『まずは、創る事!』日本人が世界に向って胸を張って誇れる日本のオリジナルバレエが必要です。例えばロイヤル、ブルノンビル、NYCB、、、、などのようにその国の独自のスタイルと言うか、、固有の文化が背景にちゃんと存在している。能・歌舞伎・文楽、宗教・俗謡、文学・建造物に至る迄、様々な日本文化を研究し取り入れ日本人ひいてはアジア人の尊厳を見つめながら育んでいく。これからは表面的なジャポニズムではごまかせませんよね、深さがないと。そういった事を考えると、西洋に対抗できる独自のメソッドも必要になっていくでしょう。

 『これからのバレエダンサーへ!』少子化によりバレエを習うこどもの人口が増えた分、バランスの良い素晴らしいダンサーが出てくる可能性が増していると思います。一方で、習い事の延長でなんとなくダンサーになってしまう師弟関係の強い操り人形の様なダンサーも増えるのではないかと思います。経緯はなんでも構わないのですが、ひとりひとりが自分の個性を信じ、社会の為に、自分の為に、なぜ踊るのかということを考え、他のエンターテイメントにはない、「バレエだから出来る事」を見つめて欲しい。ダンサー一人一人が役割を意識し、舞台を共有し、芸術を探求し、個を重んじ、多くの観客を魅了して欲しいのです。


Q8:H.ART CHAOSでの来年のクロカミ★バレエなど今後についてお話頂けると嬉しいです。


 2008年2月29日、東京文化会館での公演、H・アールカオス×大友直人中国の不思議な役人」に出演します。
    
 揺るぐことのない独自のスタイルを持つカオスは日本のコンテンポラリーダンスを常にリードして来ました。そのスタイルや要求に短期間で答える事は容易ではありません。しかし、本番迄にはカオスが持つ信念を理解共有し、自分らしく舞台に立てる様に頑張っていきたい。

 クロカミについては、Q4で書いたこと、やはりそれをやっていきます。また、Q7で書いたようなスタイルやメソッドをつくりたい、というのもあるかもしれません。“バレエ”という枠組みの中ではなく、“わたし”のです。

    
今後のスケジュールについて

未國 2008年度 本公演
   2008年11月27日〜30日 吉祥寺シアターにて
   『マレビトー折口信夫死者の書」より』&『クロカミ★バレエ』

       
■プロフィール

前田新奈(まえだ・にいな)

Blog: http://blog.goo.ne.jp/mikuni_girls

東京都世田谷区出身

1982年より、堀本卓矢・成子に師事。
1994年〜2007年 谷桃子バレエ団所属、
       「白鳥の湖」(オデット/オディール)・「パキータ」などに主演。
1997年〜2004年 新国立劇場と契約、1999年ソリストに昇格。
        全公演に参加、「眠れる森の美女」リラの精、
       「ジゼル」ミルタ、オペラ「光」などを踊る。

2002年〜 パフォーマンスグループ【未國】を前川十之朗等と共に立ち上げ、
    全公演の他、「Chang mu international dance festival」(韓国)、
    「大野一雄演劇プロジェクト」に参加。

2006年 谷桃子バレエ団公演にて、初振付作品「くろカミ」を発表。
2007年 谷桃子バレエ団公演にて、振付作品「白鳥」を発表。
     未國 -蛇女-「幻夜の戀」にて、全振付を担当。

他に 「第15回 日本バレエフェスティバル」(グラン・パ・クラシック)
   「DREAM OF DANCERS」(グラン・パ・クラシック)
   「青山バレエフェスティバル」(武元賀寿子作品)
    小林恭バレエ団公演「ペトルーシュカ」(バレリーナ
    篠原聖一版「ロミオとジュリエット
    日本バレエ協会公演
   など、様々な振付家の作品に多数出演。
    H・アール・カオス2008年度新作「中国の不思議な役人」に出演予定。

第52回 東京新聞主催全国舞踊コンクール 第3位
第12回 全日本バレエコンクール 第3位 IBM賞受賞


写真;塚田洋一