第30回記念芸術舞踊展 モダン&バレエ

(C) Yukihiko YOSHIDA

第30回記念芸術舞踊展 モダン&バレエ

「モダン&バレエ」

 横浜の港を一望に見渡す県民ホールで第30回記念芸術舞踊展が開かれた。芸術家の作品にはその作家が活動する場の土地性や記憶、風土が反映される。横浜は文明開化の舞台でありその港からは伊藤道郎など洋舞の創世紀を支えた踊り手達も西欧へ向かった。そんな街を映すように明るく開明的な公演だった。
島田明美「MADE IN YOKOHAMA」ではそんな街で踊り手たちが活躍する姿を描いた。港町の波の音が響く中、闇の中から踊り手たちが現れる。中央で島田美穂がゆっくりと手を広げると幻想的な情景が始まる。美穂ならではの明るいトーンを伴った明確な踊りだ。水兵を模したセーラー服をまとった美穂が情景を導くように大きく動くと、場面は横浜中華街やネオンサインが輝く夜のランドマークタワーと変化していく。ダンサー達の描く情景を支えるのは戦後の現代舞踊に基づく群舞だ。やがて輝く光の中に白いチュチュに赤い靴を身に着けた踊り手(小林泉)が現れる。小林は切なく叙情的な情景を描くことを得意とする踊り手である。白く透き通るような踊り手は金毛を宙にたなびかせ、手を彼方へと走らせ、くるりくるりと回り、踊って進み、回って立ち止まる。踊り手の足を飾る「赤い靴」は同名の映画や横浜港を舞台にした童謡(野口雨情作)を喚起させる。正統的な現代舞踊を得意とする明美の近作の中では明るいタッチの作品だ。作品にみなぎる地域の情景は観客にも共感を与えたようだ。各シーンの流れに物語を与え明快にすると臨場感が高まる作品ともいえる。
 桑島二美子「幸福論〜幸福のほかに必要なそれと同じだけの不幸〜」は実に手ごたえのあるコンテンポラリーダンス作品だ。桑島は自作のソロでは力強く切れ味のあるムーブメントで魅せる。群舞作品である本作では一段と大きく成長しつつある作家の姿を示した。白い巨大な布が中空から地へ広がっている。そこに暗闇の中から桑島と山中ひさのが現れる。共に二人は一点を見つめ続けるが桑島が明るく陽性の動きを見せるのに対し、山中はじっと立ち尽くす。生と死の境界に横たわるテーマを近作で描く事が多かった山中はあたかも生と死の境界線上にあるような存在だ。人間の生死の間の起伏を描いた様な異様な情景といえる。やがて布の陰の闇の中から白い踊り手たちも現れる。小林藤子、千葉典子、そして栗山基子といったこの地域で活躍する面々だ。深い意味を持つこの作品のモチーフを噛み締めるように若々しい踊り手たちは肉体をダイナミックに走らせ躍動感溢れる情景を描いたかと思うと、それぞれが日々生き思い悩む様を抽象的に表現する。やがて桑島が布を手に取り苦痛の声を上げて倒れると、布は広がりながら落下をし、踊り手達は地に倒れる。肉体と思考、表現と演出がそれぞれに歩み寄りクリアな像を描き出した。作品コンセプトにも現代社会に対する批評精神が明確に現れている。より研鑽を重ねる事からさらなる飛躍に期待したい。
 岩田高一「クララの夢(くるみ割り人形より)」はくるみ割り人形に基づく作品だ。今回はクララが夢に落ちて雪の国とお菓子の国にいくという設定である。クララ(岩田唯起子)がクリスマスイブの夜に眠りに落ちるとチャイコフスキーのバレエ曲に沿って有名な幻想世界が始まる。王子(今村泰典)はドロッセルマイヤー伯父さん(八柳亮)と共に雪の国へ行くと舞台いっぱいに櫻井マリを始めとするバレエダンサー達が広がりスペクタクルを描き出す。と、舞台はお菓子の国へと一転。華やかな空気の中で各国の踊りが披露された。中でも桜井由紀子とセルゲイ・サヴォチェンコが明るく艶やかに描いたスペインの踊り、岩城明美のオリエンタルな演技が映えたアラブの踊り、栗原弥生と相沢康平のコンビネーションが活きた朗らかなハンガリーの踊りといったシーンが印象的だ。ラストはクララと王子が優雅なグラン・パ・ドドゥで締めくくった。今でこそバレエは一般に知られているが、それを社会に深く根づかせるには戦後の作家達の努力と積み重ねがあった。そんな歴史を感じる作品だった。
 この企画が始まったころに生まれた踊り手たちが今では舞踊教師や中堅作家となり新しい世代の神奈川の踊り手たちを育もうとしている。近い将来には岩田の世代がこれまで築いてきた世界を島田や桑島のような中堅・若手が導いていく事になるだろう。新世紀の世界の行方は混迷としているが、地域性は社会全般に於ける重要なキーワードである。多様な現代の舞踊文化や舞踊研究を見据えながら地域性を活かした活動と有機的な場を育んでいって欲しい。

(10月23日 神奈川県民ホール



写真
晴れ渡った港町横浜がとてもきれいな一日だった。ある舞踊作家によると
例年雨が多いため晴れたのはとても良かったということだった。
みなとみらい線日本大通り前駅を降りてすぐの路上のカフェテリアでの一枚。
午後のカフェの理想系のような情景だった。

写真:Yukihiko YOSHIDA