アートダンスカナガワ

2006 アートダンスカナガワNO.6 地球蜃気楼


主催/社団法人 神奈川県芸術舞踊協会  共催/神奈川県民ホール
製作/社団法人 神奈川県芸術舞踊協会・アートダンスカナガワ制作委員会

 <監修>真船さち子 <演出>中條富美子
 <振付>上原智子 川喜多宣子 木下三知代 中條富美子
 <木下三知代 振付出演者> 
  秋月敦司 大舘瑛子 熊谷拓明 西藤みどり 村雲康之
  久本奈美 西山家代子 上原里子 奥山 愛  菅彩 夏   鈴木綾香 小関美和子
  吉田英莉 岩瀬菜々子 赤井捺美 清水美冬 鴇崎いづみ 栃久保侑子 他...

 <演奏>東京ニューシティ管弦楽団


日常とはリアルな現実であり、また遥かな幻想世界のようでもある。人間世界を描いた哲学的なファンタジーが描かれた。
 人の世から遠く離れた高次元の国には人間の叡智を表すように光り輝くバレリーナたちがいる。その理知的な世界はバレエダンサーならではのものだ。彼女たちはラインダンスで明快に世界の知性を表現する。この高次元の国では地球上の人間のエゴを諭す「会議」が開かれる。ベテランの伊藤拓次の表情の豊かさ、櫻井マリの上品な空気は人間味溢れその場を盛り上げる。その結果、彼らは叡智を入れた箱を人間界に送り込むことになる。舞台に広がるベルトコンベアーの上を箱が流れ、慌しく工場の人々が走っていく。鈴木麻依子と千葉典子はそれぞれの個性を活かしながらコミカルな表情をする。北島栄も身体性を駆使しながら溌剌と踊った。そして地球に箱が送り込まれる。地球の「悩める若者たち」の硬質な群舞構成は江口系の現代舞踊ならではの思想性の高い表現だ。動きのみならず舞台美術と共に立体的に見せていく。真船さち子や中條富美子が影響を受けた戦後の様式ともいえるだろう。するとバレエの踊り手たちが華やかだが空虚な人々の心を描く。桑島二美子はバレエの踊り手たちに混じりながら演技力で健闘した。精神と肉体、流行と自我の接点が切れている若者たちだがそれらの断片は細い糸でつながっている。岩城明美らはバレエテクニックから精神と肉体の危機を描く。しかし糸はぷっつりと切れてしまい、若者の心はばらばらになる。誰もが耳にしたような音楽が荒んだ日常を演出する。地球人の心は箱が送り込まれたとはいえ乱れ続けているのだ。無数の若者たちは「破壊される心」を表現する。舞台装置が割れるとその裏に彼らがいっぱいに張りついている。彼らは舞台に大きく広がり激しく躍動する。流行を取り入れているがどこかウェットな現代の若者たちだ。彼らはブレイクダンスをはじめローリングを披露する。普段の現代舞踊での持ち味と異なるポップダンスに彼らの日常を見ることができる。やがて男が背後でステップを踏み出すと、抑圧をされた心の深層を描くように踊り手たちは手で舞台を叩き大きな音をたてたり、足でリズムを刻んだりする。彼らの心の涙や湿りが赤裸々に繰り広げられる。
やがてバレエと現代舞踊の長所を活かしあうことから生まれたこの作品の最大の見せ場がはじまる。立体造形のように布を被った舞踊家たちが舞台に立つと、しなやかな肉体たちも情景に加わっていく。さらにバレリーナたちも加わる。「一筋の光」として子役の山之口理香子が現れるとオルガン(岡田佳奈)の重厚な音色が響き出す。箱の中からは冴子が現れる。冴子が心と身体の動きを調和させながら踊るとその肉体からは成熟した空気が立ち上がる。最後の「天壌無窮」と題された場面では叡智の崇高さが歌い上げられる。バレエの踊り手たちがラインを形作ると、その傍らで上原が無心に踊る。やがて天空から梯子が下りてくる。山形順子、相沢康平や高根朝子といった若者たちは宙を見つめ、そして梯子を上っていく。
 音楽は東京ニューシティ管弦楽団、指揮は江藤勝己だった。サン・サーンス、ガーシュインなど日本人にポピュラーな音楽でまとめた。オーケストラと舞踊が織り上げる情景にはこの国の舞踊文化の伝統を感じる。
 現代舞踊の表現は抽象的で時代との接点が問われる。一方でバレエの表現にはポピュラー性がある。江口系の現代舞踊の持つ内面の深みを見つめる視線とバレエのしなやかで華やかなスペクタクルの持ち味が融合することで1つの幻想世界が生み出された。レビューや大衆文化に通じる洗練された芸術舞踊という方向性に走ることもなく勢い良くモチーフを描き出したことを評価したい。




(神奈川県民ホール 大ホール)


ロックンロールと・・・

 中学校のときの同級生にあるスターダンサーの息子がいた。その事実には13年後になって気がつくのだが、彼とはその時代から仲間だった。彼の家に遊びにいくと、彼が洋楽を聞かせてくれた。今を思えば、彼や彼の親は共にダンサーなのだがロックスターを意識していると思われる。
 高橋彪は今年の公演ではプログレッシブロック・バンド、タンジェントドリームの「ルビコン」を使っていた。彼の昔のカンパニー、バレエ・デゥ・ブルゥは「蒼いバレエ」という名前の通り、ロックのプロコルハルムの「青い影」ような当時の空気を繁栄しているのかもしれない。私は今でもロックはきくがブリティッシュロックやプログレッシブロックのファンだ。ロドニー・マシューズやロジャー・ディーンのレコードジャケットのイラストレーションは今でも好きである。今でも壮大な構想力、自由なイマジネーションを持った踊り手が好きである。不思議なめぐりあわせを感じるこの頃である。