及川廣信「カフカのサーカス」

サーカスのスペクタクル性、現代社会を穿ってみる視点に注目が集まりリバイバルな昨今だ。作家カフカの世界には「サーカス」が登場する。及川廣信はそこに着目した新作を発表した。一座の進行役はカフカの生涯や作品に登場する場面を寓意(アレゴリー)のように描写していく。生前は無名だった作家(蒼浩人)の表情を織り交ぜながら情景は展開する。作家の作品も次第に入り時混じっていく。舞踏の相良ゆみはアトラクションの場面で久世龍五郎、坂上健と共にバレエシーンも披露し客席を沸かせた。NYCから帰国中の貝々石奈美のコンテンポラリーバレエが繰り出す尖鋭なムーヴメントや小劇場系でパフォーマンスで名を馳せるスピロ平太の笑いを誘う捨て身の芸もサーカスの民衆娯楽の味わいが加味され味わい深い。
及川のメソッドに注目した前回の大野慶人との共同作品に続く本作は、作中の表現や構成にそれが応用されており、ジェストを中心に身体技法が見事だ。蒼や演劇でも活躍する清水穂奈美が継承するアルトーメソッドを自然に作中に盛り込み作品を成功に導いた。及川の近年の公演ではメソッドの特色や独創性そのものをテーマにしてしまう事で、独自な世界観を理解できるか/できないかという一線が作品にあったが、この作品では寓意やサーカスの持つ独特な親しみやすさと結びつくことで優れた表現を導いた。フラヌ―ルとして戦後を生きてきた巨匠の歩みが送りだした最晩年の名作と言っても過言でもないかもしれない。本作に及川は声で出演。さらなる活動についてもメッセージでアピールした。
及川のグループは土方巽大野一雄らの舞踏に対抗するように、パフォーマンス・フェスティバル・IN・ヒノエマタやShu Uemuraとの活動を通じて、浅田彰と情報社会論で並んで注目されていた粉川哲夫や現代の演劇評論の大家たちと独自の場を構築してきた。及川の系譜が80年代に八戸で実現させたイベントにカフカ・コロックがある。これは後に「カフカとサーカス」(三原弟平、1991)などの著作につながる企画だった。自身の活動から生みだしてきたコンテクストの中から、カフカとサーカスという2つのキーワードに焦点をあてることで良作を送りだした。
(8月22日、D倉庫、ソワレ)