「近年のフラメンコ」

「近年のフラメンコ」   
吉田悠樹

 二〇〇九年は戦後のフラメンコをリードしてきた才能たちがそれぞれ集大成のような公演を行った年だった。その一方でシーンを担う中堅作家たちも大きく活動をはじめている年といえる。
小松原庸子スペイン舞踊団四十周年記念公演『「カルメン」「ドゥエンデ・デル・フラメンコ」』
小松原庸子スペイン舞踊団の四十周年公演が行われた。小松原は若き日にバレエを学ぶが、ピラール・ロペスの来日公演を見てフラメンコを志すようになる。「ドゥエンデ・デル・フラメンコ」はミロの絵画を思わせる美術と南欧の透き通った夜空、自然風景のなかで繰り広げられる男女の愛の物語である。若い男がいわゆるロマンティックにこぎれいではなく、泥まみれになりながらも情愛と自らの行き方を模索していく。不倫の愛とその顛末の恋人の死とフラメンコが立ち上がる“デュエンデ”と重ねて描かれた。スペインの風土は限りなく広がり、人々の生き様を熱い風のように取り巻いていく。新人では北原志穂が活躍をみせていた。後半の「カルメン」では会場が沸いた。死んだカルメンが自分の人生を回想するということではじめる。立派な構成が優れた表現を導いた。ヒロインを演じたのは南風野香だ。表情が見事な踊り手だ。ガルシア役を踊ったラファエル・デ・カルメンは自然な動きからフラメンコならでは動きを刻みだす。またがっちりした肉体を持ったエスカミーリョをエル・フンコがサパテアードのシャープな響きとともに描いた。バレエでも上演される演目だが各景の中では酒場のシーンが見事だった。群舞の構成はこの年代の作家ならでは重々しい表現だった。
東京芸術劇場中ホール 一月八日)
desnudo Flamenco Live Vol.3
「小島章司 魂の贈り物」
鍵田真由美・佐藤浩希は現在活躍をしているフラメンコのアーティストたちだ。連続公演で注目を浴びている。男だけのステージ。しかし屈指のダンサーを並べた。フラメンコはタブラオで踊るようなイメージが強い。しかしギターやカンテまで含めると幅の広いアートである。オーケストラと一緒に踊るようなときもある優れたアートだ。
歓喜の歌」がベートーベンの第九を男性ダンサー達が隊列を組んで合唱することではじまる。身体を貫く喜びの声とアレグリアスの喜びを重ねている。フラメンコの可能性を感じさせる。やがて男性が隊列を組んで踊る「ファルーカ」へとつらなってく。力強さと男らしい郷愁が漂う曲。ギターはヴィセンテ・アミーゴのようなしっかりとした透明感のある演奏がスペイン人のギターだ。松田知也と末木三四郎が二人で踊るシーンが印象的だ。松田の細身だがしっかりとした下半身をもった肢体が繰り出す古典的フォルムが美しいダンサーだ。一方、末木はがっしりとした身体をもった素朴な風貌でスター性がある踊り手である。「ハレオ・エストレメーニョ」は佐藤のしっかりとした身体を軸に、矢野吉峰や関晴光が踊る。佐藤の肉体美や矢野の表情が響く。観客の期待をあつめたのが小島のソロの「ソレア」だ。小島は若き日にガデスやクリスティーナ・オヨスやメルチェ・エスメラルダと踊り今日では大家である。しかし繊細な表情もみせる。矢野と佐藤のパレハやカンテが空間を彩る。力強いというよりはどこかフラジャイルで人間そのものが持つ繊細さを感じさせる曲だ。ギターのアルペジオが繊細で宝石のような音を奏でる。松田がその若き日の姿のように見える。人間存在の本質に迫っていく。「トナ・イ・シギリージャ」はフラメンコの中で最も古くから歌われた曲だ。最も深い曲種といわれている。そして踊り、一つの舞台が終わる鼓動がスペースいっぱいにたちこめていく。
(八月二七日 ソワレ Musicasa)
石井智子フラメンコ公演「El Compas」
 石井智子は小松原庸子に学んだ現代のフラメンコを代表するエースの1人だ。「コンパスの創造」と題された第一部では『ガヒーラ』では舞台一杯にダンサーが広がる中で石井が踊る。明るいオープニングだ。ギターの旋律が光る。『ソレア・ポル・ブレリア』ではエル・フンコがしっかりと踊る。名ギタリストのディエゴ・カラスコのソロが続く。大学教授のような知識と経験を感じさせるギターが流麗なフレーズを奏でていく。そして『シギリージャ』から『タラント』へと続いていく。アジアならではの様々な文化の交差するダイナミズムを感じさせる。石井は中華的な装いで踊る。オリエンタルな表現だ。
第二部が「コンパスの波」だ。十字架の前でカラスコが歌う。そこへ石井とフンコがパレハで登場しそれぞれ踊る。そして左右にパステルカラーの若い舞姫たちが現われると暖かく舞台を祝福する。確かな実力もった才能による充実したステージである。
(新宿文化センター大ホール一〇月二九日)
Lola Jaramillo y Jesus Herrera 〜Amor a Tiempo〜
 新宿にあるエル・フラメンコは数多くの才能を日本に紹介してきた。「タラント」はローラ・ハラミージョとヘスス・エレーラのパレハ。ローラの情感豊かな踊りにエレーラの若い男の肉体が似合う。「マルティネーテ」では若いウーゴ・サンチェスがスピーディーに表情豊かなサパテアードを披露した後、艶やかなべゴーニャ・アルセがさっそうと踊る。ギターのホセ・マヌエル・トゥデーラの伴奏が見事だ。ラストはジプシーの踊りが多く盛り込まれた「ティエントス」だ。エレーラが切れ味豊かに動いてみせたかと思えば、ハラミージョが艶やかに舞う。フラメンコならではの成熟した大人の世界である。
(二〇一〇年一月二七日 El Flamenco)
AMIフラメンコ舞踊団「AMI」 
 AMI(鎌田厚子)は外国人で始めてコルドバのコンクールで受賞したダンサーだ。中堅の舞踊手の中のトップを走っている。「オープニング」ではAMIと萩原淳子が踊る。シージョを掲げて二人が踊る。やがて萩原が「タラント」を踊る。個性と愛らしさを持つ踊り手だ。つづいて舞踊団のメンバーが「アレグリアス」を踊る。そして「ティエント」をAMIが描く。黒い衣装でゆっくりと力強く動くと緑色になり朗らかに舞う。スピーディーなフレーズが美しい。「カンテ・ソロ」ではエル・プラテアオらが朗らかに盛り上げた。後半の「アレグリアス」を紅一色の萩原が舞台いっぱいに情念を切りだしていく。愛らしい表情が活きた。そして「ソレア」では褐色の服に青い短いジャケットを着た女が踊る。闘牛場に現れるようなデュエンデが刻みだされる。シャープで良質な動きから世界の深遠へ挑んでいく。ついに「フィナーレ」へ。「フラメンコは日本が第二の故郷」といわれる時代だ。優れた才能が登場してくるのが楽しみだ。
(二〇一〇年三月二四日 El Flamenco)