ドン・キホーテ:酒井はな&森田健太郎

 南浦和というと夏の暑い盛りに舞踊コンクールの予選・決戦を見に行くという印象があるのだが、今日は「ドン・キホーテ」を見に行った。
 
 昨日のコンクールの印象が鮮烈で、若手・新鋭作家でもさっと上手にEstablishmentを得たタイプの作家より、むしろ血反吐を吐く思いをしながら新作を送り出してくる作家の方が見ていて応援したくなるのが事実だ。芸術全般だが、50年代の若者で無名な若者は無名なまま死んでいかないといけないような事情があった。終身雇用が一般的で社会に流動性があまりなかったためアート系の仕事をする人たちはそのニッチで仕事をしないといけないという状況があったのだ。それが60年代、70年代になるにつれて時代が変わってきて、ある知人に言わせれば「バブルの先駆けのようになり」そういった人たちも生計を立てられるようになってきたという。
 現在では舞踊界は市場として中規模になったが、そこに外部から資本や人材を引き込んでいくようにしていくベクトルは重要であるように思う。その一方で、現在の実演家、関係者の生活をモデル化しながら如何に効率よくしていくかということを考えることも重要であるようにも感じた。


日本バレエ協会関東支部埼玉ブロック・バレエファンタジー

 酒井はなの明るい表情と森田健太郎のシャープな肉体が紡ぎだす諧謔と官能が印象的だった。バレエ協会関東支部埼玉ブロックは酒井、森田などをゲストに「ドン・キホーテ」全幕した。時計に向けて突進するドン・キホーテとサンチョパンサ、純朴であり愛らしい男のロマンティシズムはセルバンデスのテクストで日本でも知られている物語だ。この長身で夢見がちにみえる老人を桝竹眞也、そのつき役をコケティッシュなテイストも持っている岩上純が演じる。
酒井はすっかり朗らかな美女になった。様々な舞台で活躍をする森田もまた青年の魅力を演じていた。この二人の第一幕のバルセローナの広場で見せたアダージョ、第三幕の良く知られているグラン・パ・ド・デゥではその魅力が魅力に発揮された。艶やかな酒井の魅力と美青年が作品の明るいコミカルタッチとともに見事に演出された。酒井の持つ豊穣な雰囲気は現代日本の豊かさにも通じるものがあるし、森田のピュアネスもまた日本人が昨今失ってきている純真さの大切さを思いなおさせるものがある。
続く第二幕ではロマンティシズムあふれる騎士の脳裏に登場するキューピットを演じた青木綾美、森の女王を演じた黒澤朋子も好演技だった。悲劇の女性などを描いたバレエは多いが、この作品は老人のロマンティシズムをバレエスペクタクルで描いたということがいつみても心地よい。夢幻の空間で語られるダンディズムと「老い」、「齢を重ねて生きていくこと」の味わい深さが明るく語りだされる。この作品の朗らかさはじめじめしていなくラテン的情緒もあり心地よい。
この地域で活動するバレリーナたちもこの第二幕や第三幕のファンダンゴで活躍を見せていた。現代日本は先行きがみえない時代の中にある。そんな時代の中でも愛やユーモアの大切さを教えてくれた公演だった。


さいたま市文化センター 大ホール)