「扇桜」「孫悟空」「熊谷蓮生―侍直実」

競宴III「扇桜」「孫悟空」「熊谷蓮生―侍直実」
日本舞踊振興財団

日本舞踊の創作を三本集めた公演。「扇桜」(振付 花柳寿美)は春の模様を描いた叙情的な作品だ。舞台真ん中に木の細い柱が幾つか立っており、その片割れに金屏風がシンメトリーに置かれている。桃色の着物をまとった踊り手たちが現れ、ゆっくりと踊り始める。現代舞踊の創作作品にも通じる雰囲気があるが、踊り手の背後にある技術が全く異なっている。流れるような動きに芯を与えていくような動きだ。後半には琉球など南方を思わせるような民謡調の音も入る。踊り手の中では尾上紫の姿が目立った。「孫悟空」(振付 花柳寿南海)は中国の伝奇小説を素材に取った作品だ。寿南海がこのユーモラスなテーマとどのように向かい合うかということが気にかかっていたが、子供にもわかりやすいような奥深い作品にまとめた。歌詞が読まれる中で、小柄でふくよかなこの踊り手が言葉にそって猪八戒になったり孫悟空になったりする。日本舞踊の1つの魅力は「喩え」という事にあるように思うのだが、言葉を踊りで表す時の一つ一つの表情が心地よい。やがて舞台には大きな円が登場し、怪物との戦いがはじまる。抽象美術とひょうきんな踊りが重なり合い、時には演芸のような笑いをもたらしそうなぐらい層の厚さを感じさせる作品を描き出した。「熊谷蓮生―侍直実」(振付 藤間藤太朗)は能の「敦盛」でも描かれる「平家物語」の中の一谷の合戦に題材をとった作品だ。主人公の熊谷(西川扇蔵)は源義経の密令により、実は後白河院落胤である敦盛の身代わりとして我が子を殺めることになる。熊谷の妻と敦盛の母に事の真相を語ると
熊谷は出家をして去っていく。洋舞では物語をグロテスクに演出をしたり、主人公の感情の起伏をムーブメントで表現をする事が多い。しかし日本舞踊では多くを語らず、余白を持たせながら、この哀しい物語を描いていく。我が子を犠牲にせざるえなかった妻相模(藤間万恵)の描く女の情念、枯れた味わいもある西川が踊る孤独、いずれも実に味わい深い内容だった。

国立劇場大劇場)