埼玉全国舞踊コンクール決戦(モダンダンス成人)

第38回 埼玉全国舞踊コンクール モダンダンス 成人の部

一段と若々しい感性を持つ新世代へ

 本年度のモダンダンス成人の部には90年代と異なった感性を持つ新世代の台頭を感じた。この新しい世代の踊り手達の中には昨年度1位を受賞した高瀬譜希子や川村真奈の様に一歩先んじて評価を受け始めている踊り手達がいる。本年度の1位は同じ世代に属し早い時期から可能性を指摘されていた坂田守の「To be –ここに在ること−」が受賞した。若々しく立派な肉体を持った男性舞踊手が舞台の壁や空間と向かい合いながらダイナミックに新世代の肉体言語を繰り出す。「ここに在ること」というテーマは哲学では存在論というジャンルで論じられる。昨年まで初々しかった坂田も次第に成熟を始めているが一見して演技力がある踊り手であることを感じる。第2位の1を飾ったのは小松あすか「Tom―ひとりぼっち―」である。小松はファンの多い人気のある若手だ。孤独な少女が青年への憧れを実にコンパクトに描いた。切れ味のある見せ場を作ることが出来ればさらに伸びる作品だろう。第2位の2は池田美佳「風紋に忘れかけた時を刻み」だ。この作品は若々しい踊り手による石井系の現代舞踊を感じさせる作品だ。まだラフなタッチも目立つ事から、作品の細部への意識がこれからの課題である。いずれも一歩一歩さらなる挑戦を重ねて欲しい若者達だ。
 数多くの作品の中で私が強く評価したいのは次の作家達だ。まず宮川かざみ「音−sullen tones」には作家の感性に驚かされた。宮川は経験を重ねることでその感覚に表現に現れてきた様だ。容姿端麗な踊り手がゆっくりと舞台を動くと、彩り豊かな衣装の色彩が楽曲の音色を描くような効果が生まれる。音楽と色彩、そして踊り手の動きが作品の中で共鳴をするような効果がある作品だ。細部まで計算をされたハイセンスな作風である。次いで横田佳奈子「月と微熱」は作品の完成度と豊かな表現力という点で評価したい。横田は秀でた踊り手であり水準の高い作品を発表し続けている。アジアン・ビューティーともいうべき東洋的な美しさもその魅力の1つだ。様々な魅力に溢れる横田が揺れる女性の心理を構成力豊かに描き出した。さらに蛯子奈緒美の新作「神の滴を浴びて立つ…」は踊り手の成長を感じさせた見事な作品だ。蛯子はすでに踊り手として定評が確立しつつあるが、過去の作品にはまだ初々しさが感じられた。しかしこの新作では踊り手の感性が見事に表現様式と融和する事で、豊かなテクニックを持った踊り手による現代ダンスが提案された。優れた資質を持っている存在であるためより深く鋭くダンスを探求して欲しい。ソンジュ「Weather」はアジアの現代舞踊に近い作風が多くの若手のヒントになりえるコンテンポラリーダンス作品と言えよう。雷雨の中で踊る女を描いた作品では伝統的なムーブメントを活用しながら斬新な振り付け世界を描いた。
 日々成長を重ねることで新たな境地を感じさせる踊り手も多かった。荒木まなみ「真珠の翳」はこれまで正統的な現代舞踊を得意としてきた荒木の新境地を感じた。渋みのある衣をまとった踊り手がゆっくりとポーズを変えながら宝玉の輝きを描く。この新しい境地をさらに探求をすべきである。川井久美子「掌の砂」では赤い踊り手が時の流れを感じるように幻想世界を描く。島田美穂が人形のように自身の作品の中で見えるのに対し、川井は成熟した女性のように見える。自身の踊り方と世界をさらに確立する事に期待がかかる。鈴木麻依子「36℃の言葉」では踊り手が熱っぽい心理と女の情念を巧みな振り付け世界で描き出した。鈴木は乙女のアンニュイな持ち味も見事に演じきり事で大きな伸びを感じさせた。北島栄「空白の鯨風」では作家が迫力満点の演技を見せることで表現力の向上を見せた。共に冴子と共に活動をする踊り手であるが、冴子に於ける「アメリカ」のような核心をつかむ事で大きな飛躍が出来るのではないか。
豊かな舞台経験を活かしてベテランならではの作品を描き出した作家も多かった。松本直子「Solitude」は青いドレスをまとった松本が自身の肉体言語を用いて孤独を綴る。現代舞踊の伝統的な作風を支えているのは松本自身によるコンテンポラリーダンスである。伝統と現代の歩み寄りに長年の舞台経験がにじみ出てきている松本の近況を感じることが出来る。伝統的な現代舞踊的な作品が応募作品の中で多かったが松元日奈子「ガラスの動物園」はポストモダン以後のムーブメントと構成で魅せた。音を巧みに活かしながら肉体をスリリングに走らせる踊り手の姿がくっきりと心に残った。
時代の進歩は一段と早くなっている。例えば90年代は電子メディアとダンスは密接に結びついていなかった。しかし現在では電子メディアとダンスの関係が細かく論じられてようとしている。現在の二十歳前後の踊り手達が未来の舞踊を描き出すのは近未来である。その中から才能が数多く現れ、社会に羽ばたいていくのは大体2010年以後だろう。現代の舞踊表現の形態はボーダレスな為、若者の表現に対する評価軸は90年代以上に難しいかもしれない。「未来の舞踊」の概念と尺度と倫理を考え続けることが重要だ。ジュニアの部では90年代生まれの踊り手達が踊っている。この一連の新しい感性を持った若手の登場に期待をしたい。

(7月26日 埼玉文化センター大ホール)