第30回記念特別公演 選抜新人舞踊公演

現代舞踊協会主催
第30回記念特別公演 選抜新人舞踊公演

 2010年代を目前に控えた今年は次世代の新人たちの登場を予期させる季節の変わり目でもある。
 全体的に古典と現代の相互を感じさせた作品が多かった。伊藤由里「Rose〜血跡に咲く〜」は充実した表現力でキリスト神話を描写してみせた。シャープな動きと感情表現が見事だ。花村愛子は「雲の上を歩く」で幻想世界を象徴的に表現する。現代的なムーブメントと普遍的な持ち味のある情景がマッチした力作だ。鈴木いづみの「わたしはあなたの美のなかに あなたはわたしの意識の中に」は花を用いた空間を活かした作品だ。充実した踊りを披露した。
 安定してきた実力を感じさせた才能も多かった。木原浩太は「zoOM」で肉体を通じて抽象的に空間の面白さを描いていく。着想が素直な表現を導いた。山根和剛「river〜この岸より…〜」は静かで深い情景を描いた。刺激的な地平を舞踊芸術に切り拓けると良い。玉田光子は「迷宮」で心の中の闇と光の奇跡を表現してみせた。常に心に残る作品を形にできる新世代のスターの一人である。北島栄の「時よ おまえを…」では黄色い服を着た少女が梯子の上で宙を眺めやがて情景展開をみせていく。表現力の向上を評価したい。青木香菜恵は「Kasouteien」で空間の中で踊る。演出や着想で大きな伸びをみせた。秋月淳司「銀木犀」はキャラクター性を活かしながら等身大に遠い日の回想に挑んだ。さらに船木こころは「架空庭園」で現代音楽の旋律を活かしながらのびやかに踊った。中武円の「月夜に惑う薔薇の影」では花の精が歌声と心の鼓動を描く。いずれも将来に期待できる面々である。宮川かざみは「悲しみを買いとる旅人」で心の旅路を描きトータルに伸びをみせたし、小川麻里子は「エデン―地を這う者となれ―」で芸術舞踊として完成度の高い表現をみせた。
健闘をみせた若者も多かった。森本なかの「待ち続ける女」はアーティスティックな振付から成長を感じさせた。新保恵は「青のひとりごと」で花を片手にスリリングかつスピーディーに舞う。津田ゆず香は「夢・夢うつつ」でコント調のユーモラスなタッチから暖かな作品世界を展開してみせた。また河田真理は「i・no・ri―透明な対話」で思考を音楽に素直に重ねてみせた。井上みなは「example box―空箱―」でボックスと対話をみせる。安定した実力を感じさせる。岡野友美子は「沈みゆく 夕陽のごとく」で心象風景を描写してみせたし岩本真由子の「緋色の鳥が囁く時」は精神性の高い表現を披露した。大橋美帆「next chance」は日常風景をミュージカルに通じる作風にまとめた。
 群舞では酒井杏菜が活躍をみせた。「BLACK」ではお互いの関係性を動きの質感に投射することで際立った現代表現を披露した。さらに寺杣彩は「遊びだす」で思春期の男女の心のときめきとすれ違いをポップに演劇的に描きだした。場面の展開が際立つ作品だ。
特別出品作品では関根直恵が「出口のない部屋」でドレスを着て踊る。オリジナリティが課題だが完成度の高い表現だ。立石樹乃「の ら」は猫の目線から動物世界を可愛らしく描いてみせた。ベテランの野村真弓による「お尻と心臓」は大きな成長をみることができる力作だ。西欧的な構成に女性心理を絡ませた。
伝説的な作品の再演も行われた。高野尚美「英雄」では初演メンバーがベートーベンの名曲とともにユーモラスにタイトルを描いてみせた。小林久美子「主張」ではフラメンコの池本佳代、現代舞踊の菊地尚子と小林泉が男性の影を椅子に例えて3者3様に踊る。それぞれの表現の特色とダンサーのキャラクターを活かした鋭い洞察力に基づく作品だ。丸岡有子の「死者たちの刻」はベーシックなムーブメントから幻想的なテーマを描いた。
 モダンベースの古典から現代表現まで幅の広い作風から優れた作品を作り出すことが重要である。90年代から2000年代まで台頭してきた才能の一部がしばしばコンテンポラリーダンスという今日では社会に認知された枠組みで語られた。一時代前に大きく台頭した平山素子や能美健志はコンテンポラリーダンス世代の代表的な現代舞踊家たちである。伝統と現代を共に共存させる内田香のような英才もいる。15年ほど前にはまだこの概念が社会に認知をされていなかったように、この新世紀において未だに呼び名すらない新しい表現の模索も重要になってきている時期だ。次の10年を見据え表現を既存の枠組みに着地させることを意図させず「脱・コンテンポラリーダンス」ともいうべき方向性を模索し次世代のアジア・環太平洋圏の社会や文化を射程に入れた現代舞踊と舞踊論を創出することが重要だ。新世代への欲求や意識はアジアにも台頭してきている。2010年代以後を支える新人たちが中堅作家になる頃には大きく時代が変わってきているのだ。
 一人の舞踊家は一生の中で3、4回は大きな芸術的な流れの変化に出会う。若き新人たちは早く世間にでることを考えやすいが、ベーシックな表現でも着実に学び、経験を重ね息の長い活動を通じて舞踊を社会に育んでいくことが大切だ。目の前の現代表現だけで結論を導こうとする事だけではなく強靭な個性と社会や芸術への問いかけを持つことが意義を持つ。時代の変わり目であるだけに舞踊界内外を見つめながらバレエや創作舞踊やミュージカルなど隣接ジャンルとの接点も見据えて適材適所で新人それぞれの活動の場を考え導くことが重要である。

(10月7日・8日・9日 日本橋劇場)