松元日奈子、海保文江、江積志織

冬の浅草は味わい深くて好きだ。帰り際に夜の浅草寺に参拝。思わずこんな本を思い出してしまった。曾我廼家五九朗や石井漠の記念碑*1も久々に訪れてみたかったのだが今日はいち早く帰ることにする。浅草はコンテンポラリーダンスではアサヒビールの企業メセナ活動との関係が深いが芸能と縁が深い街である。芸人もこの寺の境内に記念碑を残している。

江戸芸術論 (岩波文庫)

江戸芸術論 (岩波文庫)

藤井香主宰 彩のくに創作舞踊団公演「アパートメント」
 我々が日常生活を送っている都市空間は個人によってそれぞれ使い方が全く異なる。当たり前の事実なのだが、時々それぞれに異なっている人々の生き様を可視化したくなることがある。アパートの個室も中の間取りは似ていたりするが使う人の性格や仕事柄が良く出ていたりする。写真家でそんなテーマにアプローチをしてみせたのは都築響一の「賃貸宇宙」*2だ。ダンスで三つの個室に住むそれぞれの人々の生き様の違い方を抽象的に描写したのがこの作品だ。
 フランス人のフィリップ・スタルクが設計した空間にアパートの部屋を抽象化した区画の間切りのような美術が展開している。壁にコートを掛けただけの簡素な部屋には近年黒沢美香&ダンサーズでも活躍する江積志織がスーツ姿でたたずんでいる。別室では浅草らしい生活感溢れる家族は荒井純子と佐々木治子が演じる。さらに別の一室では口をふさがれ頭から鳥かごをかぶった箱入り娘たちがいる。渋みのある独特の美意識と演技力で迫る海保文江とほっそりとしていて精神性の高さも感じさせる松元日奈子だ。空間には客席がもうけられていないので観客は会場を立って歩いて移動して同時に上演されるそれぞれの作品を見てまわることになる。従って全体像を誰一人として一緒に見ることができないのだが三組が三様にそれぞれワイルドに踊っていく。荒井と佐々木は日常や生活をユーモラスにパフォーマンスを通して表現する。一方、江積はスーツ姿で力強くムーブメントを切り出していく。海保と松元はものをいえず枠の中で苦しむ乙女たちの姿を綴りだす。ダンサーたちはそれぞれに区画を移動して踊ったりパフォーマンスを行う。アパートの一室という生活空間を日常からずらしたり崩したりして舞踊化していくのはこのグループの近年の作風とも通じておりいつも作品に出演している若手作家たちの表現を目の前で楽しむことが出来る。
 そして間切りのような舞台美術をダンサーたちは移動させ空間は道路になる。ダンサーたちは観客に道を歩かせたり、そのなかで大きく踊らせたりする。現代建築家や都市計画家の中には日本では地球外建築の原司や葉祥栄のように人間の生活空間は間切りやスペース、道によってプログラミングされているというような思考をする人たちもいる。実際に人間の生活空間はその時代の人間の認識や行き方を表象していることはある。部屋の区画を崩して空間を移動させるだけでその変化は都市空間や人々の関係を再プログラミングするという面白さを描きだす。*3アパートメントのように個と個が四角四面に間切りされた中に我々現代人の肉体は置かれるが、そんな一つ一つのセルのようなつながりから個人の存在や他者との関係も生まれてきているのだ。*4
 そして今度は広々とした道は転じて閉ざされた路地になる。密室や暗い閉所でもダンサーたちがパフォーマンスをしていく。限られた空間の中で踊る海保と松元を観客たちが小窓から覗き込むのだが、二人は現代人の精神とその孤独を描きだす事に挑んだ。最後は一列に出演者が並び颯爽と踊って終演。力強い身体表現と鼓動をする肉体像が枯れた哀愁いっぱいのフレーズとともに繰り広げられた。
 踊り手として海保と江積は社会的評価も伴い充実した時期を迎えようとしてきている。また松元日奈子の力強く味わい深い表現にも大きく注目をしたい。このアーティストは優れた才能でありよりシーンに認知をされるべきである。舞台美術の抽象的で素朴な味わいに電子メディアなど21世紀的な文脈も加わるとさらに幅の広い層のオーディエンスに発信ができる内容といえるが充実したダンス・パフォーマンスとなった。
(ソワレ アサヒ・アートスクエア) 

*1:http://www.dentan.jp/asakusa/asa42.html

*2:http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1152.html

*3:3次元な都市とメディア空間については私は2006年にGoogle Earth とパフォーミングアーツに関するプロジェクトを行っている。http://d.hatena.ne.jp/yukihikoyoshida/20081125 実際の都市とダンスを結びつけるワークショップも行っておりそちらについては次のアドレスから読むことが出来る。http://d.hatena.ne.jp/yukihikoyoshida/20081026

*4:実際にもう人が住まなくなった廃墟を旅するとその時代の生活や日常生活にはないような都市構造をみることができる。そんなこともあり私は生者たちの空間も好きだが同時に廃墟も好きだ。東京湾にある第二海堡という人工島に2000年前後にキャンプに行ったことがある。関東大震災で倒壊した戦前の軍の人工島がそのまま廃墟で残っていた。海中に崩れて沈んでいく要塞の跡、星空とたまに見える人工衛星、遠望する夜の東京、夜光虫とひっきりなしに行き交う貨物船を強く覚えている。今では整備されてしまったが当時は釣り客しかいなかった。ベネチアビエンナーレで旧軍の倉庫を展覧会場に使うことから”ここで展覧会ができたらないいね”と話をしたものだった。http://homepage2.nifty.com/KKS/hall/kks-report/20040529daini-kauou.htm 軍艦島もいつか行ってみたい。http://www.kakita-photo.com/