705 10周年記念

 やっきになって片付けている仕事があるのだが、お蔭様で集中できているのか、物理的には日本でつめて仕事をする状態が続いている。ダンサーでも何か大変なことがあると、そんなことがあったものだから踊りはマスマス良くなっていくというのだが、「舞踊批評は絶対に裏切らない」ということも出来るのではないかと思ったりもする。

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 今日は東京郊外のふじみ野に取材で出かける。欧米のアーティストコロニーではないが、ふじみ野からバスに乗ってしばらくいった地域に菊地尚子の活動するエリアがある。海もそうだが自然の中では感性が磨かれることが少なくない。とても豊かな地域の中で菊地は活動をしている。


705 Dance Lab 10周年記念 バレエ・ダンス発表会

 菊地尚子の主催する705 Dance Labは10周年を向かえた。そのお祝いをかねてか会場は暖かい空気に包まれていた。3部構成だが大きく分けて、クラシックバレエ、子どものダンス、そして菊地や教え子たちの作品の3種類の作品が上演された。
 クラシックバレエでは北川みどりの振付で「『くるみ割り人形』よりお菓子の国」と「『エスメラルダ』よりグラン・パ・ド・デゥ」が上演された。共に男性の主役を演じたのはモダン=コンテンポラリーの若手男性舞踊手のトップクラスの青木教和だ。青木が演じる王子は、バレエの菊地研ではないが、美形で独特のカラーのある役柄となった。青木は柳下規夫のようにきりりとした立ち姿の美しい踊り手だが、バレエの踊り手がなかなか出来ない独特の味わいのある演技を披露していた。「エスメラルダ」では北川自身が相手役を踊ったが、北川は演技力豊かなタイプの踊り手ということが出来るだろう。「くるみ割り人形」では池田美佳や久住亜里沙といった期待の新人たちが花のワルツで溌溂と踊っていたし、コンクールでニートを描写した作品(「ぬるまゆのきみ」)を発表している池川恭平は持ち前の彫りの深い表情を活かしながらアラブでオリエンタルな踊りを見せていた。普段はモダンを踊る踊り手たちにとってもクラシックを踊るというのはいい体験になったはずだ。リモンの「ムーア人パヴァーヌ」のような古典も青木のクラシカルな側面には合っているようにも感じた。
 子どもとダンスは重要な問題系だが、菊地や教え子たちの作品を見ていると、伝統にとらわれすぎることなく、ファンタスティックな作品が生まれてきているように感じた。スーパーガールに扮した少女たちが踊る「Four Little Super Girl」(振付:緒方祐香)、SFのような二人組が踊る「コスモガール」(振付:菊地・久住)は大人たちが踊ることが多い705 Moving Co.に通じる作風が上手に子どもたちの動きや演出に使われている。「からぶきロック」は体操服を着た子どもたちが雑巾がけをする風景をユーモラスに描いた作品だ。現代の振付家が子どもたちを振付た作品としてもとても面白い様式である。このジャンルでは最近では大人も子どもも同じ作品で踊る試みなど様々な新しい挑戦も始まっている。うまく発表の場が生まれてくると面白い成果になるだろう。
 菊地や教え子たちが活躍をする大人の作品はさすがの手ごたえだった。菊地はコンクール時代の伝統的な表現も印象深いが、「Cell」など一連の近作は現代作家の中では最もテンションが高い部類に入るだろう。菊地はシンガポールで「自分マニア Lv.6-Clover-」という作品を踊り好評を得ている。今回はこのシリーズの第7弾目の作品「自分マニア Lv.7−ワタクシゴト−」を踊った。暗闇に光が一筋差し込む中で、菊地自身が座り込みゆっくりと身もだえをするように動いていく。自閉症的な空間や内面の起伏を感じさせるような作品だ。ごくごくシンプルな作品なのだがこの作品を可能にしているのは作家の演技力だ。久住亜里沙「Nourishment−養分−」(振付:菊地)は改訂を加え、空間を十二分に使いながら、より空間性を活かした作風に仕上がっていた。「Watch the world」(振付:菊地)では白い踊り手たちが空間性豊かに踊っていく。そのムーブメントの質感はリリースやフォールを利用した流れるような動きや動作の起伏を感じさせた。圧巻だったのは「シンフォトロニカ・フィジクロニクル」(振付:菊地尚子、衣裳:川口知見)だ。がっちりとしたストラクチャーに基づく作品である。オーケストラが開演する音と共に踊り手たちが舞台に登場する。指揮者に扮した菊地がタクトを振り出すと、ラヴェルの「ボレロ」のフレーズと共に肉体たちは音符の如く動いたり、指揮者の動きを拡張するように宙に身を走らせていく。頭を丸めて素朴な印象になった飯塚友浩やベテラン平田友子の表情が新鮮だ。池田、久住、そして池上らも若々しい演技で情景を盛り上げる。実に充実した作品であり、上演を重ね改訂をしていくと評判を呼ぶ作品であるように思う。705 Moving Co.の作品の中でも高く評価したい作品だ。
 作家がNYCから帰国をして日本で活動をはじめてしばらくたってきているがその成果は着実に形になってきているとといえるだろう。この独特の感性を育みながら活動を展開していくことが重要だ。

ふじみ野市 大井中央公民館ホール)