”dear...”

 そして一晩明けて再び六本木にやってきた。今日はSuperDeluxeでRoussewaltzのショーケースがあるためだ。内田香の新作(?)、"dear..."は近年にない作風の確かな作品だった(★★★★+★1/2)。
フランス帰国直後の新作「SPUR」ではまだ感性が先行していた部分があるが、昨年の「Presents!」の第二部のボレロ、そして新国立劇場で上演されている「Espresso」、「Step by Step」辺りと並んでこの作品は作家の秀作といえるだろう。「Rose Rose」を初期の内田の様式を一つ大きく集成したような作品と位置づけるならば、一連の新しいトーンの作品が心地よい。二見一幸や能美健志、そして平山素子の作風は若干安定してきているようだが、内田や矢作聡子、冴子、菊地尚子といった中堅作家たちの作品はエネルギーが鮮烈で興味深い。
 ある編集者はこのグループはブレイクすればH.ART CHAOSみたいになるのではないかとこの春にいっていた。2010年代以後にシーンの中核を担っていくことになる所夏海や原祐子といった新人たちのその若き日の姿ともいえる現在を回想的に思いだすのはあと数年後だろうか。
 終演後、ある関係者とまたワインを飲み、冬の六本木で温まる。


Roussewaltz Bon appetit! -deluxe-(ボナペティ・デラックス)

 Roussewaltzのショーケースが六本木のクラブSuperDeluxeで行われた。普段、大中劇場で踊ることが多い彼女たちだがこのような空間で間近に見るのもなかなか味わい深い。一つの背景としては内田香のグループで活躍するダンサーたちはダンスのモードを押さえているように感じられるため、このようなクラブで見るのにも適しているということを上げる事が出来る。ジャズダンスの作家たちがヒップホップやクラブジャズといったまだ既製の言説化される前のダンスのモードをそれぞれのルートやクラブシーンで吸収しているが、内田はそういったポップダンスから出てきた作家たちとも接点があるのか、流行を上手にムーブメントに取り入れることが出来るのだ。同じグループでいうならば坂本秀子・飯塚真穂が送り出してくるダンサーたちは伝統と共に明確に現代性・作品性を折り込んだ優れた作品を発表するのだが、内田の下から出てきている所夏海、原祐子、伊東由里といった作家たちは、そんな内田の感性を反映してか、まるで切ると血が流れでるような生=Rawなシーンのモードの躍動を感じさせる最先端のムーブメントを作中で披露することが多い。坂本・飯塚がそれぞれの踊り手の個性を尊重しそこから生まれてくる思考の側から時代性を的確に切り出すアプローチをしているが、対照的に内田の作風は一定の方向性が強く見えるとはいえ、シーンの流行を見事にムーブメントから切り出してくるような部分があるという印象を持っている。作家のシーンに対するアンテナの張り方が見えてくる作風だ。今回は所の「Black Dahlia」、原の「PRISM」でもこの特色は見事に発揮されていた。
 開演前からクラブには女性らしいロマンティックな音楽が流されている。笑い声とともに踊り手たちがいっせいに華やかに舞台に現れ、「Bon appetit! -deluxe-」が始まる。この作品は「冷えないうちに召し上がれ」という邦題でよく知られているが、内田がNYCのJapan Societyで昨年上演したときにこのタイトルになった。舞台中央に置かれたテーブルと椅子が作り出す空間性を利用した作品である。臨場感のある空間では寺坂薫の姿が一段と映える。そのほっそりとした肢体は鋭く感情を描き出すようになってきた。所、原が持つ若々しい20代の女性の感覚が舞台いっぱいに広がる。内田は”金井芙三枝舞踊団10年に一人のダンサー”と評されることがあるが、シャープなムーブメントと審美的なその美意識はこの作家ならではのものだ。この作品は何度も上演、改訂を経てきたが、クラブのような空間で見てみると大中劇場でみるより時代のモードを反映している作品ということに再び気がつかされた。
 続く大原信子による写真スライド上映ではそのNYC公演の様子が上演された。思えばこのカンパニーもラインアップが次第に変わってきた。映像を見ていて印象的だったのはこのところ舞台に立たなくなってしまっている渕沢寛子の明るい姿が映像の中に登場していることだ。このグループでは所が田中いずみをはじめ様々な舞台に立ちだしているが、その昔は所=渕沢という二人のコンビネーションはまだフランスから帰国したばかりの一頃の内田作品を支え、かつなくてはならない重要な要素だった。渕沢はチャーミングで明るい笑顔が誰よりも似合うこのカンパニーの名ソリストであった。最近ではその空白にジュニア時代から”コンクールの女王”と称されてきた蛯子奈緒美がキャストに入ることで所=蛯子になってきているようだ。といっても蛯子は正式メンバーではないようなので、現在カンパニーを大きく担っている若手女性舞踊手は所であり、さらなる新世代としては小俣菜穂、伊東由里そして今回も踊っている原といった面々が登板しだしている。チームワークも良くそれぞれの良さを活かしながら共に支えあってきた。来シーズンからがまた楽しみだ。
 所の「Black Dahlia」はこの作家の代表作の一つといえるだろう。顔の半分にスパンコールをちりばめた淑女が黒い大人びたドレスを身にまとい、歌声と共にアンニュイな感情の起伏を描き出す。所は繊細で鮮やかな感受性を持っている舞姫だがこのところシーンで活発に活動をするようになってきた。磨かれたエレガンスを持つ数少ない踊り手であるため、これからの活躍が楽しみだ。続くクリオ尚子と寺坂によるベリーダンス「Desert」は興味深い作品だった。寺坂はダンサー以外にも今回の公演の美術やWebdesignなど手がけるマルチタレントな才能である。そのベリーダンスを見れる機会は滅多になかったのだが、モダン=コンテンポラリーで踊ってきた経歴を感じさせるように動きが洗練されている。対するクリオはオリエンタルで官能的な表現を見せた。続く原の「Prism」は大きくイメージチェンジをした作家に驚かされる作品だった。髪を大きく上にまとめあげ、ジャケットを着たボーイッシュな女がエネルギッシュに踊る。この青年のようにもみえる演出が作り出したその表現には両性具有的な持ち味も加わり、揺れる乙女の内面を描き出していた。原はこのところ積極的に活動をしているが、今後の展開が楽しみな若手作家の一人といえる。
 最後をしめくくったのは内田の作品「dear...」だ。ここ4,5年内田は「クロイツェル・ソナタ」のような古典的な持ち味や「ブルーにこんがらがって」のような現代の女性像を描くことが多かったが、この作家の作品の中にはナイーヴで良質な感受性を描き出すトーンの作風も宿っている。近年、力強い女性像を描くことが多かった作家が、この作品の中では女性らしいほど女性らしい繊細な乙女のようになった。アーティストは腕を弓状に大きくは知らせ、そしてシャープな動きを見せていく。舞台のそでに消えたかと思うと、腕いっぱいに青い薔薇の花をかかえて登場する。エディット・ピアフの歌声が響きだすと、花束を空中に大きく放り投げ、このところあまり見せていなかった繊細な女性的な表情と鍛えられた肉体が生み出す動きの質感で情景を描いていく。光の中で身を走らせていく内田の姿は、女性的な表現を得意とする踊り手である市橋佳奈が群舞のなかで見せるような哲学的な表情をうっすらと思い起こさせもした。
 グループの方向性の新しい展開を予期させるような手ごたえのあるショーケースだった。来シーズンからは男性舞踊手たちも充実してきたようだ。これからの軌跡が楽しみだ。

(SuperDeluxe)

出演・振付 :+ クリオ尚子 音響・照明: SuperDeluxe 衣裳 :吉田ひとみ/CLEO BULUS、柴田裕美子 写 真 :大原信子 美術 :寺坂 薫