ダンスライターの組織の歩み

 現代舞踊協会など実演家の組織の歴史も長いが、舞踊に関わるライターの組織の足どりも長い。戦前の1940年に舞踊ペン倶楽部という組織ができたのだが、そのころはなんと60人ぐらいメンバーがいた。冊子もあり、蘆原・光吉をはじめ江口博、近藤考太郎が健筆をふるっている。村松道弥によれば戦前の舞踊ペン倶楽部と戦後の舞踊ペン倶楽部はどうやら異なるものであるらしい。現在の現代舞踊協会の源流は戦前にあった舞踊家組織にあると考えるのであれば、同じぐらいの時期、ないしは実演家の組織の方がもう少しだけ長いといっても過言ではない。
 戦後の舞踊ペン倶楽部の写真には村松道弥、江口博、蘆原・光吉といった大御所と一緒に現在の山野博大(洋舞)、石川健次郎(邦舞)が登場する。この組織の面白いところは批評家に限らず脚本家など舞踊に関わる文筆業者がほぼ全部入っていたことだ。

 舞踊ペン倶楽部が解散した後には8人の批評家たちがDC8というグループをやっていた。そのメンバーで現在知られているのはベテランの江口博、合田成男など、若手からは山野博大、久保正士、市川雅、長谷川六などといった面々だ。戦後の舞踊界のリーダー的存在だった江口博と旧制高校を出て東京帝国大学に入学しながらも大学を中退した<無頼派>の合田成男が一緒にいることはとても面白いように思う。江口と合田が共に同じ事務所でデスクに向かっていることをイメージしてみると実に興味深いシチュエーションだ。共にジャーナリスト上がりで東京新聞の舞踊担当として仕事をしていた。合田は「先輩に舞踊をやっている人がいなく数代前しかいなかったから舞踊をやった」と語っている。後に東京新聞は退社フリーになっているし、土方巽の「禁色」の頃はデイリースポーツのようなスポーツ新聞にも舞踊評を書いたりしている。70年代のオン★ステージ新聞には、合田が今で言うアートカフェのような読者との交流会を定期的にもっていた様子も登場する。このDC8の面々は有楽町の喫茶店で会合を持っていた。当時、長谷川は「ダンスワーク」やその前身である「モダンダンス」誌で活動をしていたわけだし、山野、市川、久保は20世紀舞踊の会の中心的な書き手達である。
 そしてこのDC8を経て現在の舞踊批評家協会へと連なっていくのである。舞踊批評家協会は結成当初30人ぐらい会員がいた。村松道弥や桜井勤が中心的なメンバーとして設立に尽力した。かつてはその場に行くと論敵同士の市川雅と上林澄雄が議論をしていたという風景があったときいている。80年代後半から90年代全般にかけてはコンテンポラリーダンス世代の批評家たちも多く名を連ねていた。様々な流れをへて現在に至る。
 私が舞踊批評家協会に入ったのは、アメリカにDance Critics Associationがあるのであれば国内にも何かあってほしいということと、上に述べたような戦前・戦後から現代に至る系譜の流れに関心があったためである。
 現実的にはダンスに関わるライターたちが幅広く議論をする場は日本にはあまりない。仕事の現場でライター同士が議論をすることすらそれほど頻繁ではないのだが、邦舞・洋舞の書き手たちが集って議論をする場は今なお国内にあまりない状態だ。同じダンスでもフラメンコやレビュー・ジャズダンスの書き手たちと現代ダンスの書き手たちとの接点はあまりみられない状態でやや残念でもある。

ちなみに海外の同じような組織と比較をしてみると、例えばアメリカのDance Critics Associationは1973年に設立されている。http://dancecritics.org/aboutdca.html 国内外のダンスライターの流れと比較してみても興味深い。海外では演劇系のライターの組織もあるようだ。アジアでは同じような組織があるという話はあまり耳にしたことがないので、アジアでは日本の立ち位置は固有のものなのだろうか。(しかしこのあたりは日本を大きく抜き引き離そうとしているインドネシア、マレーシア、台湾、オーストラリア、インドの経済成長と舞踊界のあり方を考えるとしっかりリサーチしてみないとわからない。)

身体文化の側の系譜

 ダンスといっても身体文化、スポーツ・体育関係の系譜が国内にあるので、そこについてまとめておこう。スポーツ・体育の系譜では身体文化論という流れが90年代ぐらいから立ち上がり、体育・スポーツの世界の「ユリイカ」、「現代思想」にあたる雑誌「現代スポーツ評論」が登場した。これは体育・スポーツ系の世界ではかなり画期的なことだった。山際淳二の「江夏の21球」が掲載をされた「Number」のような媒体はあったのだが、文化論の側から深く論じられる媒体は数少なかった。

現代スポーツ評論 (5)

現代スポーツ評論 (5)

実は私もこの第5号にレニ・リーフェンシュタール論を寄稿している。(私の雑誌掲載の中では初期のものだ。)こういう流れもあるということを知っておいて欲しく思ったりもしている。