今月のダンサー:07年4月  川口ゆいさん

(C) Julia von Vietinghoff

ベルリンは政治経済で大きな役割を果たしているが、アートでも有名な街だ。ダンスとの関連となると古くはドイツの表現舞踊ということになるのだが、現代アートの一大スポットとして様々な作家を輩出してきている。東西冷戦時代は街は二つに分断され、様々な才能が結果として流れ込んだ街となった。最近では私がアドバイザーをしているアルス・エレクトロニカ http://www.aec.at/ と並んで知られているメディアアートの祭典、Transmediale http://www.transmediale.de/site/ などでも知られている。先端的なメディアパフォーマンスから現代アートの作家たちまで様々な面々が活動をしている街だ。
この1月に横浜で川口ゆいさんのパフォーマンスをみた。トランジスタラジオを使ったエクスペリメンタルなパフォーマンスだった。6月には新国立劇場で上演される平山素子さんの作品にも出演されるという。主にドイツでの活動を中心に、横浜で受賞した後の1年や近況について伺ってみた。
東京でも新作を見てみたい作家の1人である。


Q1. 今年のヨコハマ ソロ·デュオ コンペティション受賞者公演は評判が良かったようですが昨年1年間はどのような活動をされていたのでしょうか?まずはその辺りからはじめていただけると嬉しいです。

A. 先日の受賞者公演で上演したREMは昨年1月にベルリンのtanztageというコンテンポラリーダンスのフェスティバルで上演しました。実は横浜のコンペと日にちがぶつかってしまい、ベルリン公演の翌日に飛行機に乗り、成田から直行でコンペに参加しました。
横浜では審査員賞を頂けたものの、日本で何かをする機会は昨年は特になく、自分的にもあえてドイツでの活動に集中していました。昨年一年は自分の作品と同時に、人の作品にもパフォーマーとして参加する機会に恵まれ、それもかなり毛色の違ったものばかりだったのでとても刺激的で楽しかったです。
ドラッグクイーンにボディビルダー、65歳の元バレリーナや妖精みたいな元拒食症の女の子が集まった人間博物館みたいな作品や、ハンブルグの繁華街にお客さんを連れ出してのパフォーマンス、7年の修復工事の末に満を持して再オープンしたボーデ博物館でのオペラ&ダンス公演。どの作品も非常に興味深いテーマとスタイルで、様々な表現の形に触れられることができてとても充実した一年でした。私自身も小品ですが新作を3つ発表しました。

Q2.ドイツで活動をされていますが、どのような作品·アクティヴィティをなさっているのでしょうか?

A.ダンサーとして人の舞台や映像作品に出たり、自分の作品を作ったりしています。あとはワークショップも時々やっています。隣を向けばアーティストがいるような街なので(笑)時間の許す限り色々なことに挑戦してます。

作品づくりは自分的にまだまだですが、とりあえず代表的?なものをいくつか…

”REM - the Black Cat"

1月に横浜でやらせて頂いた作品ですが、題材はポーの”黒猫”です。この短編を読んだときにポーの感性が時代を超えて自分に重なった気がして、ばーっと最後の処刑台の絵が浮かんできました。自分が感じていた焦燥感やパラドックスが精神的なものから来ているのか、肉体の行き場のなさから来ているのかという、”卵か鶏か”的なテーマにも凄く夢中になって作りました。ドイツに来て最初の舞台がこのソロだったので、自分の”生き抜いてく身体”を信じたくて踊った所もあるかもしれません。

”卵が割れたら…”

去年横浜のコンペに出品した作品ですが、もとは初演したベルリンの日独センターからの”さわやかで色気(!)のあるものを”という注文に応じて作った作品です。私が東京からベルリンに来たときに感じたリリース感、ここでのおおらかな時間の流れや人間関係の新鮮な印象を表現したいと思いました。ちゃんとしたステージも照明もない会場で大きな窓や段差を利用して作った作品だったのですが、横浜では練り直す時間がなく付け焼き刃的に変更をした物をやってしまい、激しく後悔しました。改めて昨年6月にシアター用に作り直して再演したので、今は劇場上演にも耐えうるものになったと思います(笑)

”スキャンダル”

ちょうど日本で耐震構造疑惑とかホリエモンのスキャンダルや小学生の友達殺しとかがあって、噂や映像から受ける影響で変化していく人間関係や人の心の中の人物像、世界観みたいなものを表現してみたくなりました。本当はダンサー5人で1時間くらいのものにしたかったのですが、バジェットの関係で取りあえずイメージのコラージュとして女性3人で20分のものになりました。でも女性3人というのが意外と集中力があって面白かったので、またこの形で深めて再演してもいいかと思っています。

”鳥の憂鬱”
Rohkunstbau国際アートフェスティバルに招聘されて、Spreewaldという所の湖畔にあるお城の庭で上演しました。ニールというイスラエル人のごついダンサーとのデュオで、ドイツでの鳥インフルエンザパニックやヨーロッパに住む異文化人を多少自虐的に皮肉ったつもりです。タンツテアター的にセリフやラジオも交えた作品でお客さんには結構受けたのですが、実はスタンバイする前に客入りが始まってしまい、一瞬で終わるはずの冒頭部分が10分近くかかってしまったり、セットにお客さんが座っちゃってたり荷物が置いてあったりして、自分的には40%くらいしか表現しきれなくて悔しかったですね。できればまたやりたいです。

Q3. 日本とドイツのシーン、環境の差をお話頂けると嬉しいです。

A.厳密には東京とベルリン、という形でしかお話できませんが…
私はベルリンも東京も大好きですが、住むならベルリンが肌にあってるようです。

違いは”余裕”でしょうか。時間、場所、気持ちの余裕。
東京はとにかくみんな忙しそうですよね。実際自分も東京にいると、気分的に余裕がなくなります。確かに色々アイデアに満ちたものが溢れているし、その技や気合いには感心させられますが、なんというか、常に”プレイ”を強いられてる気がするというか…物事の判断も、見た事があるかないか、知ってるか知らないか、スタイルであるかないかにかなり委ねられていて「必要なのは(面白おかしく情報の詰まった)コマーシャルだけ?」と思うこともなきにしもあらず。ベルリンと比較すると、文化自体がかなり資本主義的な価値観に支配されている印象を受け、ブームをすぐ作りたがる傾向には怖さを感じます。でもダンス関係の方達の熱意にはいつも感動します。

ベルリンは街の歴史のせいか、みんなが一つの方向に向く事に対してアレルギー反応を示すような所があり、お客さんもかなり天の邪鬼です。街があえてひとつの価値観にまとまりたがらない、常に未完成、未決定なスタンスを保っていて、ドイツでダントツにリベラルでフリークな街です。いわゆる”カリスマ!”みたいなものは失笑であしらわれて、逆に偏屈だけど筋が通ってるものが好かれる傾向にある気がします。それ故多くの人がベルリンの観客と批評家は難しいと言いますし、仕事も少なくてダンサーとしてやっていくのはとても大変で、建設的にキャリアを築けるような場所ではないのに、なぜかみんなここが大好きで住んでいる。
その理由はこの街の”ユルさ”だと思います。なんていうか、みんなのんびりしながらもアンテナ立ってる、という感じでしょうか。
街にもストリートアートが溢れてて、例えば工事が頓挫した建設現場とかをみんなが勝手にいじりだしていつの間にかインスタレーションみたいになってたり、工事用の砂山が一夜でいきなりモアイ像になってたり、いたずらと思いつきの延長でアートが生まれて、街もそれを楽しんでる感じです。人に心があるからゴミがアートになる(笑)。そんな「なんじゃこりゃ?!」みたいなのが舞台でもごろごろしてて、それをゴミと観るかアートと観るかは自分の判断に委ねられている。そんなゆるさと個人としてはっきりしたスタンスを求められるハードさが、ここに世界中からアーティストが集まって来る原因の一つであるかもしれません。

でもベルリン自体は全く経済的に自立できておらず、ドイツの他の都市におんぶしているので、この環境を東京に求めるのは無理ですね(笑)そんな街の存在にも意義を感じて許容しているのはさすがドイツ、という気がしますが。

Q4. 日本のシーンに期待すること、こうなって欲しいということがあればお教え頂けると嬉しいです。


A.沢山の方がダンスシーンの為に尽力して下さっていて、実際この5年余りで目覚ましい変化を遂げていると思うので、私が何か言うなんておこがましいですm(_ _)m
 ひとつ未だに思うのは、作品づくりに関わる人たちがもう少し時間的、精神的に余裕がもてるようになればいいなあ、と。実際リハーサルにダンサー全員が揃う、ということすら難しい状態では”振りうつし”レベルの作品づくりしかできず、とても残念です。

Q5. なぜダンサーになったのでしょうか?いわゆるダンスだけではなく、パフォーマンス的な作品など様々なジャンルで活躍されているようですが。

A. うーん…本気で遊び続けられるからでしょうか。
じっと座ってるには人生が面白すぎた、というか。

Q6. 6月には平山素子さんの作品に出演されますがどんな感じになりそうですか?

A.今までのリハーサルでは、眠りに落ちる瞬間やそれに抗おうとする身体の感覚、型取られていく行動や意識、それを拾い上げたり消そうとする動きなどをインプロやコンタクトで追求して来ました。ストーリーもドラマもない、一瞬の感覚を40分の作品に反映するというのはとても日本的な感性ですね。上手く行けば、お客さんが本当に夢の中のように時間の感覚を失う40分になると思います。どこまで自分の身体をそのクオリティに持っていけるかが鍵なので、たゆまず努力します(笑)。

Q7. これからやってみたいことがありますか?

A.キャンピングカーで東欧巡り。

プロフィール

川口ゆい
11月28日生まれ
茅ヶ崎市出身
趣味:廃墟めぐり/ゴルゴ13
幼少よりクラシックバレエ、その後モダン、ジャズ、ストリートダンスを学ぶ。優雅さと破壊感を併せ持つ独特の身体性は、CMや映画、PVにも多数起用され、’05公開の手塚真監督作品「Black Kiss」にも謎の殺人鬼役として出演。舞台ではH·アール·カオス、山崎広太などの国内外の公演に参加。メディア·ドライブ·ユニットcell/66bとのコラボレーション作品では、アルスニレクトロニカ('02)、ソウル国際ダンスフェスティバル('03)などに招聘される。
2005年よりベルリンにて活動を開始。Tanztage'06やRohkunstbau国際アートフェスティバルに招聘され次々と新作を発表。初のソロ作品”REM – The Black Cat”は、地元紙で“クレイジーで、ストレンジで、素晴らしい!”と絶賛される。2006年10月に再オープンしたベルリンのボーデ美術館の記念公演“アポロとヒヤシントゥス”(イスマエル·イヴォ振付)にはメリヤ役で紅一点出演し、高い注目を集める。2006年横浜ソロ×デュオ
審査員賞受賞。2007年ベネチアビエンナーレに”競売品”として出品される予定。

今後の予定・近い舞台のスケジュール

4/20 "Macrophone" ソロ 
  Tomi Paasonen 振付 @ベルゲン国際フェスティバル(ベルゲン/ノルウェー
5/14-16 "アポロとヒヤシントゥス" 
     Ismael Ivo 振付 @ボーデ博物館 (ベルリン/ドイツ)
6/1-3 "Life Casting" 
    平山素子振付 @新国立劇場 (東京)
6/16,17  べネチアビエンナーレ参加予定 (イタリア)
7/12-22 "LEERGANG"
Tomi Paasonen振付 @Dock11 (ベルリン/ドイツ)
8/3-20 "Ex...it" international dance exchange symposium project@ブルーリン城 (ブルーリン/ドイツ)
10/4-14 新作発表予定 @Dock11 (ベルリン/ドイツ)



写真撮影:Julia von Vietinghoff