上野、杉並

日中、仕事を兼ねて、上野に行く。時間が取れたので上野を散策する。

扇塚 

上野の不忍池・弁財天の中には扇塚がある。花柳寿美(初代)が
長年愛用した扇を埋めた場所で、
「あゝ佳き人のおも影はしのばざらめや不忍池乃保とりに香を焚紀かたみのあふぎ納めつゝ」
という佐藤春夫の碑文が裏に彫られている。
上野は浅草とも文化圏が近いようだ。浅草花柳界新舞踊の踊り手として
活躍し惜しまれながらも若くして他界した花柳寿美と曙会のことを思った。

旧・岩崎邸

池を横切り少し行った奥まった場所に建築家ジョサイア・コンドルの設計による旧岩崎邸がある。明治期の代表的な「洋館」の1つだろう。なんとビリヤードの為に小さな棟まであり、地下通路で本館とつながっている。
金唐革紙という壁紙が用いられているのだが、戦前の国会議事堂や鹿鳴館の壁紙が切り取られて飾られている。鹿鳴館ボールルームダンスは実にモダンな空間であることが想像できる。明治維新から帝国劇場へ、そして大正、昭和への時代の流れを感じさせる空間である。

サキソフォン4人組が演奏するクローバー・サキソフォン・カルテットによるライブがあり、バッハの「イタリア協奏曲より一楽章」やビゼーの「カルメン幻想曲」を聞くことが出来た。(スケジュール的に最初の2曲のみで退出せざるえなかった。)サキソフォンのカルテットははじめてだが、とても明るく朗らかだ。洋館全体に音が鳴り響く。カルメンのフレーズはスパニッシュやバレエで耳にすることが多いが金管楽器らしいマイルドな音に仕上がっていた。日本社会で洋楽が一般的に認知されたのは意外にも遅く、大正時代が終わってしばらくしてからぐらいである。洋楽は大田黒元雄、村松道弥やあらえびす、牛山充といった戦前の音楽批評家、音楽ジャーナリストによって日本に紹介されたのだ。村松の「おんぶまんだら」ではないが、この時代は音楽界(洋楽)と舞踊界(洋舞)は共に規模が大きくなく接点が深かった。そのため、彼らの中には洋舞の批評の第一世代にあたる書き手も出てきた。戦前から戦後直後にかけての舞踊家は音楽家と家庭を成したケースも少なくない。それは共に公演で旅行に行き活動を共にするような時代背景があったのだということが出来る。

水月ホテル鴎外荘 舞姫の間 

森鴎外が「舞姫」を執筆した部屋が残されているのでゆっくりしてきた。直筆による「舞姫」の碑もここに残されている。上村松園日本画に出てきそうな和服美人が案内をしてくれたこともあり心が安らぐ。ドイツから帰国をして、日本人の妻と結婚した鴎外はこの部屋で「舞姫」や「於母影」を執筆した。「舞姫」の原稿をこの部屋に受け取りに来たのは徳富蘆花だったそうだ。軍医時代を思わせる拓本も飾られていたり、根岸派の幸田露伴や斉藤緑雨との写真も飾られている。窓の向こうには池があり鯉がのどかに泳いでいた。
私は時間があるときに森茉莉(鴎外の娘)のエッセイを読むことが多い。家族たちもこの部屋に出入りしてたのか想像したりした。

浅草・上野界隈は実はなかなか奥深い。高校の時にある図書館の司書に可愛がってもらっていたのだが、その先生の研究会で一般公開されていない徳川家の史跡を見せてもらったことがある。様々な年代の東京が残されているディープなスポットの1つといえる。

その後に地下鉄に乗り、杉並まで移動する。

杉並洋舞連盟 第17回公演 創作舞踊&バレエ

杉並洋舞連盟の公演ではバレエの作家たちがそれぞれに作品を発表した。保志克己「『コンタクト』宇宙からの訪問者」は照明の五十嵐正男の発想が生きた作品だ。宇宙からの女が地球の男と恋におち、また宇宙に帰っていくというストーリーだ。ヒロインを演じる大島慶子は演技が得意なタイプのバレエダンサーだ。特に印象的だったのは最近の舞台ではなかなかやらないようなタイプなのだが、実に効果的な照明効果だ。例えば舞台を青い色で照らし出し、真ん中に紫の太いラインを一筋作り出す。そこに同じ紫色でも明るめのパープルの衣裳をまとった舞姫たちが立つだけで、音響や激しいエフェクトばかりが際立つ最近の舞台にない、ドラマティックな芸術効果が生まれる。ラストシーンではヒロインの手から光が宙に飛び去り劇場の天上で光による模様がくるくると回転をする。ちょっと懐かしタイプの、しかしけっしていわゆる創作のようなベタな持ち味の無い作風には作家の長年のキャリアを感じて非常に面白かった。「オーロラ姫の結婚 イン リラの館」は田中りゑの作品だ。若い踊り手たちを起用し、バレエならではの幻想的なスペクタクルを織り上げていく。中でも主役のオーロラ姫を踊った平林愛子のテクニックに裏打ちをされた表現力、デフレ王子を演じた李派の男らしい官能は際立っている。フロリナの精を演じた佐藤桂子の演技力、宝石の踊りを踊った若い踊り手たち、北川香(金)、高橋夏子(銀)、そして出口佳奈子(ダイヤモンド)の健闘も心に残った。東京では杉並以外にも中野、練馬、世田谷など様々な地域に舞踊連盟がある。少子化と地域社会との接点が減ることが指摘される昨今だが、舞踊文化が地域に貢献するきっかけとなっていってほしいものだ。

(ソワレ セシオン杉並)