Dancing under the Rising Sun (二日目)

(C) Dance Research Society, Taiwan

朝は7時半にホテルを出て9時から国際会議がはじまる。国際会議場につめっぱなしで午後15時まで人の発表を聞く。体育(主に女子体育、スポーツ史、体育史的なもの)、芸術舞踊、双方から日本文化が台湾に残した影響が議論される。フィルムスクリーニングでは崔承喜の映像をほぼ全部ダイジェストで見れた。特にこの「菩薩の舞」http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/06/27/20030627000061.html の動画映像は再演のフィルムだったのだがおそらく当時のオリエンタルダンスとして最高峰の1つだろう。
そのあとシンポジウムのパネルをこなすためにプレゼンテータ全員で再び舞台に上がり、1時間半のセッションをこなす。のっけから私に質問がきたので気が抜けない内容だった。


( http://performance.arts.tnua.edu.tw/dance/DANCE%20PHOTO.html より)

TNUAは夜景がすばらしい大学である。岡の上にあるためなのだが、遠景に方陣上の台北を一望できる。2年前に学会発表をしたときはこの夜景にランタンを飛ばした。一仕事を追え、2日後に授業をするというプレッシャーの中で、トロピカルなお茶を飲み一服する。パネリストだった旧友と話しをして現地のダンサーたちとも様々な会話をする。この写真はおそらく台北101から撮影したものだろう。http://4travel.jp/traveler/jyshp/pict/10347731/ こんな風景がもっと遠景でパノラマの様に目の前に広がっているのだ。

国際会議が終わりタクシーに便乗し、ホテルに戻る。その後、淡水の海岸リゾート、ナイトマーケットを発表者たちと一緒に4時間ぐらい散歩した。彼らと夜店で買い物をしたり観光をしたりする。一緒にいた人が疲れ果てたため、台湾マッサージに行きたいと言い出す。しかたがないので、一緒に行き、私のほうは生まれてはじめて台湾式マッサージを20分体験する羽目に。34年間この仕事をしてきたという人にばきばきと身体をなおされる。
一緒に行ったのがアメリカ人とフランス人のため、彼らは東洋文化が珍しいらしい。東洋的な小物や骨董品、そしてキティちゃんのようなキャラクターの店があると必ず物色していく。やはり自分が東洋人だと思う。
帰ろうと思いMRTの淡水駅に行く。プラットフォームからは海を遠望でき夜景が美しくとても良い。しかしなぜか電車が止まってしまい、料金払い戻しで駅を出ることになる。仕方がないのでタクシーを使う。 役回り的に私が言葉が全く通じないドライバーの助手席に乗って仕草でナビゲーションし、プレゼンテータ一行は無事ホテルに帰りつけたのであった。

まだまだ仕事を終えたといえないのだが、本当にいっぱいテレビ局がある台湾のテレビを見ながら1人でビールを飲み寝ついたのであった。