今月のダンサー:06年10月 岡本 佳奈子さん

yukihikoyoshida2006-10-10

今月のダンサー:岡本 佳奈子さん

Dance-Square でこの7月にギティスバレエの第2回 日ロ交流 ロシアバレエコンサートを取材した。(参照 http://www.ballet.ne.jp/square/grk1.html)主催の岡本佳奈子さんやロシア人ダンサーたちによる舞台はとても水準の高いものだった。近い将来に公演も実現させることが出来ればと思いインタビューを申し込んでみたところ引き受けて下さり実現できた。来年の9月の公演はバレエファンのみならず是非足を運んでみて欲しい。


Q 今年の夏に素敵な公演がありましたが、まずそのあたりからお話いただけたらと思います。講習会や公演活動ではどのようなことを目指していらっしゃいますか?

A. ホームページ( http://gitis-ballet.com/ )の“コンセプト”でもご紹介させていただいておりますが、ロシアの文化・芸術やバレエ教育を日本に伝えたい、また、日ロ交流の一環として講習会と、受講生だけでなくロシア人講師(現役ソリストダンサー)も一緒に舞台を作り上げるというコンサートを行い、日本の芸術家の育成・教育を目的として、ロシア舞台芸術−ギティス・バレエを立ち上げました。

育成・成長に何が一番大切かと言えば、どんなジャンルや立場にしろ、経験だと思います。百聞は一見にしかず…と言う通り、どれだけ本や資料などから知識を得たとしても、実経験にかなうものは無いと思うし、そこからでしか得られないものが沢山あります。プロのダンサーであっても、数多くの舞台経験を積んでこそより良いダンサーになれるし、教師も、色々な生徒を見て、教える事で、一流と呼ばれるほどの良い先生になっていくと思います。そして、ただレッスンをするだけで終るのではなく、舞台上に上げてこそ、初めて、日々のレッスンが生かされ、経験となり、前進できると思うのです。

私共の夏期特別講習会で生徒達との共演コンサートを設けた理由は此処にあります。ただ単に講習会で一方的に教師から教わるだけではなく、教師と共に舞台を創り上げていくという事で、良い意味での緊張感を持つことができ、その上で、バレエの基礎やテクニックだけではなく、踊りに携わっている人間としての育成も含め、教育していくことも出来ます。
様々な楽器が一体となって演奏されるオーケストラと同じく、入念に作り上げられた全身、それによる細やかなテクニックや演技、パートナーとの息のあったコミュニケーションなどが、踊りの土台となる大切な音と共に調和し、そこで初めて、舞台作品と踊り手の間にハーモニーが生まれ、素晴らしいものを踊り伝えられるのだと思っています。

日本では男性ダンサーが少なく、デュエットクラスなどほとんどありません。古典クラシックの作品・幕物どれ一つをとってみても、男女で組んで踊るデュエット形式の振付は、ソリストや主役に限らず、必ずあるにも拘らず、そのデュエットに関する基礎的な事を学べないというのは非常に残念だと思います。
例えば、パ・ド・ドゥを舞台で踊らなければいけないから、その場でその必要な振付を習うだけというのはよくあるケースだと思いますが、それではあまりにも即席過ぎて、ただ精一杯こなすだけになりかねません。作品の背景に対するお互いの解釈や理解、また、それを一緒にどう演じるかという事まで、パートナーとコミュニケーションを取り、作り上げていかなければいけないと思います。

プロとしてでも、または趣味でとしても、舞台に立つという事は、単に自分さえ満足できれば、踊れれば良いのではなく、日々の練習の積み重ねと、バレエ芸術への理解が必要で、そして、観客も一体としてこそ、良い舞台に、良い発表の場になると思います。
どれだけ足のターンアウトが出来るか、どれだけ足を高く上げられて、どれだけのテクニックがあるか…ということだけなら、新体操などのスポーツと何ら変わりありません。
舞台芸術であるクラシックバレエは、言葉の無い演劇とも言えます。自分の全身、心身共にすべてを使って舞台上で言葉を表現する芸術です。善と悪、喜びや悲しみ、愛など、人間の日常生活におけるすべての感情が、様々な作品の中で扱われ、演じられています。
感情のこもった表情・演技力、身体表現力、アラベスクなどのポーズ時に作る、綺麗な身体のライン…それら全部を駆使して、どれだけの自分の気持ちを観客に伝える事が出来るかという最大の課題が、舞台上で芸術作品を踊り演じる為の鍛練として、日々の基礎レッスンの中からすでに必要となってきます。
また、例えばデュエット(男女二人で踊るもの)などで一緒に踊る相手がいる場合には、自分一人だけでなく、お互いに理解し合い、目は口ほどにモノを言う…という言葉の通り、しっかりと相手を見て感じ合うということも大切な事です。

これからの未来を支える芸術家の卵達を育てる機会として、すぐ隣でありながら、近くて遠い国であるロシアの若者と、バレエを習ってはいるけれど、ロシアやロシア人の事は良く知らない日本人の若者同士が、交流する事で日露友好の一助ともなれれば、この上ない喜びです。
ロシアで学んだ素晴らしい芸術を是非日本に伝えたい、そして一緒に成長して行きたいと願っております。


Q スタッフの中にはロシア人の方々(参照 http://www.ballet.ne.jp/square/grk1.html )も多いようですが、ご紹介をいただけると嬉しいです。

A. 大学で知合った友人で、私の考えに共感して協力してくれている人達です。日本での講習会やコンサートは仕事としてではなく、友人として手助けに来てくれています。
彼らにとっても普段仕事では踊りたいものを自由に踊れるわけではないので、色々と講習会で何をどう教えようとか、コンサートで何を踊ろうとか考えたり企画したりするのは、とても楽しいようです。私のためだけではなく、自分のためにも良い経験になるし、この機会にバレエだけではなく日本のいろいろな事も知りたいと喜んで来てくれています。


Q バレエとの出会いをお教えください。

A. 幼稚園の時、バレエ教室が放課後行われていて、習いたいと親に相談したところ…ちょうどその頃弟が生まれたばかりだったので、小学校に入るまで我慢させられました。父は、2年も立てば忘れると思っていたようですが、私が小学校に入学してすぐに「バレエ習っても良いんだよね?」と父に言ったので、忘れてなかったのか・・・(汗)という感じで、お稽古を始める事になりました。
小学校4年生の時に、このまま趣味でバレエを続けるのはお金も時間もかかりすぎるということで、当時出来たばかりの“ソビエト・バレエ・インスティテュート”の入学試験を受けて、もし受かればレッスンを続けても良い・・・今まで多くのプロを育ててきたロシア人教師(ボリショイバレエ学校)の目から見ても合格なら、才能や素質があるのかもしれない・・・と言われ、もし落ちたらバレエは止めるように言われたのですが、幸か不幸か受かってしまったので千葉から東京までレッスンに通う生活が始まりました。


Q ロシアでの日々はいかがでしたか?どのような環境でどのようなことを学ばれたのでしょうか?これからプロを目指すダンサーたちにヒントになることがあれば伺ってみたいです。

A. “ソビエト(ロシア)・バレエ・インスティテュート”では週3回しかレッスンがなかったので、中学生の頃からいつかはボリショイバレエ学校に留学して、もっと色々な事を学びたいと思っていました。16歳の時に念願叶って、当時所長であった薄井憲二先生(現在は日本バレエ協会会長)から国立モスクワ・バレエ・アカデミー(ボリショイバレエ学校)に推薦していただけて6年生のクラスに入学することが出来ました。
バレエを習うためには最高の環境で、日本では習えないとても色々なことを沢山学びました。劇場では毎晩のように様々な公演を行っていますが、日本では観られない様々なバレエ作品も行っており、学生料金でそれを観られる機会が何度もありました。時にはオペラや演劇、美術館などにも良く足を運びました。学生証を見せればタダで入れるところも多かったので、日本に比べるととても恵まれていたと思います。
生活面では言葉もままならず、様々な苦労がありました。最初の内は、もう諦めて日本に帰りたいと思ったことも何度もありましたが、夏や冬の休暇で日本に一時帰国すると、一ヶ月も立たない内に「モスクワに早く帰りたい…」といつも思うようになりました。

何よりも自分が本当に心から望んで努力を続ければ、必ず道は開けると思います。実際自分でも、もうダメかもしれない…と思っても、諦めずに頑張っている内に、いつも道が開けてきました。


Q ロシアと日本を比較してみて、日本の舞踊界にこうなっていってほしいといったことがあればおきかせいただけると嬉しいです。

A. 「バレエ」とは ― 日本で言う、いわゆるクラシック・バレエの事だけではなく、キャラクター(民族舞踊)やヒストリカル(歴史・宮廷舞踊)、創作、その他演技法など様々な要素を含めて「バレエ」と言います。だからこそ、必ずバレエ学校ではクラシック以外の授業も必修科目として入っていますし、それを深める為にも様々な学科も学びます。
生徒として「バレエ」を学ぶ時に基本として必ず学ばなければならない事を、今、日本でバレエを学んでいる生徒達は、何も学ばずに“クラシック”だけを「バレエ」だと思って習っています。いくら国際的なコンクールなどで入賞する人が出てきたとは言え、外国のバレエ学校を卒業してバレエ団に入ってくる人達と同じレベルの知識や技術があるとは到底思えません。

また、様々なバレエ作品がありますが、主役・ソリスト以外の役には大した価値が無いというような風潮や対応があるようですし、先にも述べたとおり“クラシック”以外の踊りを格下・軽視するような傾向が見られます。
私はモスクワに行って初めて“クラシック”以外の色々な踊りを見る機会があり、実際に学び、踊って、その素晴らしさを知りました。“クラシック”以外のものの方が学ぶのも踊るのもとても大変でしたが、とても面白くて楽しくて、それらを知ることが出来ただけで、二度とロシアから、そしてバレエ・舞踊から離れられないと思いました。
そういうものを日本のバレエ界でも是非知って欲しいし、同じように沢山の事を学べるような機会を作っていって欲しいと思います。


Q 12月には短期講習会を開かれるのですよね?

A. 昨年より夏にはコンサートも同時開催致しましたが、冬は短期講習会のみを行っております。冬はオンシーズンの為、ロシア人の友人達も仕事が忙しくてなかなか休みを取れないと言う事もありますし、夏への準備期間として、基礎作りを中心に行います。
今回は、前期・後期に分け、クラシック、キャラクター、デュエット、ケガ予防の為のストレッチクラスなどを行う予定です。
詳しい事はこちらに記載しております。 第4回 冬季 短期特別講習会
http://gitis-ballet.com/russia/class.files/winter002.htm


Q 来年春からはどんな活動をされるのですか?

A. 10月より江戸川区平井にて“ミニアチュールスタジオ”を開校致しました。
夏の「日ロ交流 ロシアバレエコンサート」をスタジオの発表会の場としても考えておりますので、夏に向けて指導をしていきたいと思っております。また、何箇所かのバレエ・スクールでご要望があって、ワークショップも行う予定です。いくつかの公演の作品振付・指導のご依頼も頂いております。

来年の夏季・短期講習会は8月下旬から、「日ロ交流 ロシアバレエコンサート」は9月1日(土)に行います。コンサートでは、日本ではなかなか観られない作品、特に演劇性の高いものを取上げたいと思っております。テクニックだけではなく、身体表現力や芸術性を養い、ロシア人のプロフェッショナルダンサーと一緒に舞台経験を積むことで、本当の意味での“アーティスト”として生徒達を育てていきたいと思います。


岡本 佳奈子 経歴:

ロシア国家バレエ・アーティスト、ロシア国家舞踊‐振付教員免許 保持者
日本バレエ協会会員、日ロ交流協会会員、ロシア語通訳協会会員


1989年〜 「ロシア(ソビエト)・バレエ・インスティテュート」(東京)に入学。
師事:薄井憲二、P.ペストフ、ドブルジャン、オシポワ、ファルマニャンツ、G.マイヨーロフ、S.クズネツォーワ、I.スイロワ、N.レービッチ、R.カレンチェンコ、ウクススニコフ、B.クリコーワ 他。

「スターダンサーズ・バレエ・スタジオ」にて厚木凡人他に師事。
「ボリショイバレエ学校 日本公演」、日本バレエ協会アンナ・カレーニナ日本初演等に参加

1996年〜 薄井憲二氏(現日本バレエ協会会長、ボリショイバレエ学校名誉教授)の特別な推薦により、
入学試験免除で「モスクワ・バレエ・アカデミー(ボリショイバレエ学校)」に入学。

1999年 同校卒業:ロシア国家バレエ・アーティストのジプロマを取得。
卒業後、「ロシア国立アンサンブル・ベリョースカ」に入団。

2000年〜 「ロシア国立アンサンブル・ロシア」にソリストとして移籍。
ドイツ他海外公演、クレムリン劇場にて「ヨールキ」(年末年始一ヶ月に渡って行なわれるモスクワで一番大きい音楽祭/外国人として初出演)他、ロシア国内公演に多数出演。
テレビ朝日ドキュメンタリー「未来者」に、モスクワで活躍する日本人バレエダンサーとして出演。

2001年 「ロシア国立舞台芸術大学(略称:ラチ)−ギティス」
バレエ・舞踊振付学部“教師−振付科”に入学。

2005年6月 卒業国家試験を首席にて合格。
7月 「ロシア舞台芸術−ギティス・バレエ」を日本にて主宰。
   “第1回 夏季 短期特別講習会” “第1回 日ロ交流ロシアバレエコンサート”
12月 「ロシア舞台芸術−ギティス・バレエ」 “第2回 冬季 短期特別講習会”

2006年1月 「バレエ・アルテ」(江東区)にてワークショップ開講。
2月 「ロシア国立舞台芸術大学−ギティス」卒業。
教師-振付科のジプロマ、ロシア国家舞踊-振付教員免許を最高点で日本人
女性として初取得。 師事:E.ヴァルーキン(学長)、T.トゥチニナ、Y.セフ、
G.マルハシャンツ、V.アフンドフ、デメンチェヴァ 他著名教授陣
2006年4月 東京都江戸川区にてバレエ教室「チアトルスタジオ」を開校。
7月 「ロシア舞台芸術−ギティス・バレエ」を江戸川区にて主宰。
“第3回 夏季 短期特別講習会” “第2回 日ロ交流ロシアバレエコンサート”
9月 「バレエ・アルテ」(江東区)、「ポピットバレエスタジオ」(小田原)にてワークショップ開講
(年末まで月1〜2回開講予定)
10月 東京江戸川区平井にて「ミニアチュールスタジオ」を開校。
12月 「ロシア舞台芸術−ギティス・バレエ」 “第4回 冬季 短期特別講習会” 開講予定

写真:ダンススクエア