スズキ・バレエ・アーツ くるみ割り人形 全幕

私はかつて湘南台湘南台文化センターから数分のすぐ近くに長い間住んでいたのだが、湘南台に1つバレエスタジオがあることはずいぶん前から知っていた。藤沢にある某ダンススタジオでジャズダンスを習っていた時期があり、そこでバレエと出会うのだが、ちょうどその頃、湘南エリアでダンススタジオを探した時期がある。

スズキ・バレエ・アーツ http://www.suzuki-ballet.com/


その頃、このバレエスタジオの湘南台教室に行ってレッスン時間などを調べていた。確かに大船にあるスタジオだとその頃聞いた覚えがある。今日は、久々に湘南・鎌倉エリアに行って、懐かしい海洋性気候の中、劇場へ向かった。

余談だが、稽古をしない・出来なくなってからめっきし体力が落ちた。批評活動を始める
とほぼ同時にスケジュールがライターのスケジュールになり、稽古に出れなくなった。
そうこうするうちに一般的な世間の認知と人との接し方の中にライターという枠組みが
出来てゆき、ますます、そうなってきた。
先輩である浦和真(うらわまこと)先生は私に会うたびに踊ればいいのにとおっしゃる。
でも、浦和先生は私なんぞと違うのは、高校時代から自分で芸術舞踊のサークルを
立ち上げたりして、大学時代には、松尾明美先生(戦後日本人初のプリマ。最初の「白鳥の湖」のプリマ、以後、貝谷、小林と続くのである)と一緒にリファールなどを踊っている人である。慶応バレエ研究会時代
から「20世紀舞踊の会」まで踊りながら批評活動をしていたという先輩だ。
そんな彼は今でも時折名前を変えたりして踊っている。立派な先輩だなと思う。
一方、山野博大先生は、ダンサーを目指していた時代から批評家になったあと、
きっぱりと批評家に徹することで、来年、批評活動50年を迎えられる。
半世紀批評家だったというのは実にすごいことだ。私は来年でライターとして
5周年目なので私の10倍のキャリアを持っていることになる。
長谷川六先生やデボラ・ジュイットは今でも批評活動をしながらパフォーマンスをされている。これもすごいことだ。
私は健康上の問題もあるので稽古は続ける予定である。稽古ができなくなって、まず太ったし、疲れやすくなった。現代人は実に受身である。自分の手で自分の目標の中で心身を
つくる必要がある。これは身体文化の問題でもある。

スズキ・バレエ・アーツ 第19回公演 くるみ割り人形 全幕

 クリスマスのその日に見るくるみ割り人形はやはり心地よい。街にあふれる祝祭や人々の感情、観客の想いが作品にも現れるからである。主宰の鈴木和子谷桃子バレエ団の出身だけありキャストにも岩上純など谷出身の作家が多い。鈴木はローザンヌ東京新聞、埼玉の舞踊コンクールの入賞者を送り出した経験もある実力のある指導者としても知られている。
そんな彼らの舞台は人々に慣れ親しみやすい舞台演出と舞台装置が演出をする中で、感情表現や感性の深みで魅せる踊り手が多い内容だった。
 クララ(脇森蘭)がクリスマスにくるみ割り人形(高橋宏尚)をプレゼントされる第一幕ではコロンビーヌを踊った採田亜矢子の表情豊かな世界と役柄、雪の女王を優雅な踊った間辺朋美、雪の王を凛々しく演じた中武啓吾が印象的だった。この作品の1つの見せ場は1幕後半の幻想的な群舞である。このバレエ音楽を作曲したチャイコフスキーは繊細でナイーブな側面がある音楽家だが、バレエの方も実に繊細で原作者のホフマンの世界を想いおこさせるのである。脇森は感情表現が豊かな作品が合う踊り手である。
 第二幕は定番とも言うべき各国の踊りの披露のシーンだ。スペインの踊りにおけるシンガポールダンスシアターでも活躍する清水さくらが中でも印象的だった。艶やかで表情豊かなに踊る踊り手の表情が豊かだ。エスメラルダのヴァリエーションのような華麗で艶やかなシーンが似合う踊り手といえる。薔薇の花束のような花のワルツが舞台いっぱいにひろがったあと、王子役の高橋と金平糖の女王を演じたのが雨森景子だ。鈴木に師事しヨーロッパ
を中心に活動をしている踊り手だ。現在、高橋と雨森はノーザン・バレエ・シアターで共に
プリンシパルを務めている。切れ味のある堂々とした2人のグラン・パ・ド・ドゥは最後を締めくくるにはふさわしい内容だった。

鎌倉芸術館 大ホール)